私にしか描けない、故郷のマンガを届けたい
東京都心から1時間45分、都心とは全く違う表情を持つ伊豆大島で、2023年5月にコワーキングスペースWELAGOが誕生しました。先日、開所1周年を迎えたこの場所は、ワーケーションの拠点として島外の人を集めるだけでなく、地元の団体の懇親会や会議スペースとしても幅広く活用されています。そんなWELAGOの一角に、壁一面にマンガが描かれた部屋が誕生しました。壁画を制作したのは、伊豆大島出身で現在はマンガ家を目指して創作活動を行うクリエイターの高村光璃さん。「正直、自分が大島にUターンするのは意外な展開だった」と話す高村さんに、島へUターンした理由や壁画の制作エピソードを伺いました。
好きなことを仕事にしたい
昔から絵を描くことが好きだった高村さんは、中学生の頃からマンガ家になりたいと思い続けていたそうです。しかし、マンガ家は花開くまでに時間がかかる世界。将来は別の仕事に就くことも考え、大学では社会学の道へ進みました。
「大学3年生の時にちょうどコロナウイルスが流行しました。自粛生活を送る中、アルバイトもストップし、YouTubeで流れる広告イラストを描く仕事を始めました。絵を描いてお金をもらうことで自分のスキルに対する自信にもつながりました。」
その後、企業などへの就職はせずにフリーランスで広告イラストを描く道に進みます。
「ところが、仕事を続けるうちに依頼されて絵を描くことが嫌になってしまいました。広告イラストはシナリオや言葉がすでに決められていて、私が担当するのはそれを絵に起こす作業のみ。せっかく絵が描けるのだから自分でストーリーもつくれるマンガを描きたいと思いました。」
マンガ家という夢へ本格的に挑戦しようと思った高村さんは、すべての仕事を辞めて創作活動に専念しました。
「フィリピンを旅した際に、現地の人たちが無理して働いていなくって、『ああ…人間って働かなくてもいいんだ』って、ちょっと大袈裟だけど気付かされました。その経験があったからこそ、創作活動に振り切れたのだと思います。ちょうど仕事も全て無くなったので、お世話になる予定の友人の家に行くまでの1ヶ月間だけ実家のある大島に帰ってきました。」
伊豆大島で創作活動の拠点として選んだのは、コワーキングスペースWELAGO。Wi-Fiも電源も整っており、静かなこの環境は創作活動をするのにピッタリ。高村さんはWELAGOが開所する平日は毎日WELAGOに通い、マンガの制作を始めました。
「WELAGOに毎日通っていたら、ある日運営の方が夜の鍋パーティに誘ってくれました。その時に私がマンガ家志望であることを伝えたら、『WELAGOの和室の壁にマンガを描いたらいいじゃん!』と言ってくれました。最初は冗談だろうと思っていたのですが、次の日には私の描いているマンガを見てくれて、話が具体的に進んでいきましたね。」
コワーキングスペースの役割は、働く場所だけではなく、新たな出会いをもたらしてくれる場所になっているのだと実感する高村さんの新たなプロジェクトが誕生した瞬間でした。
多働海域コミュニティ WELAGO
WELAGO(ウェラゴ)とは、【Work】と【Archipelago =多島海域(諸島・列島)】を掛け合わせた造語です。東京が持つ「世界的な都市部」と「自然溢れる島嶼部」という特徴を最大限に活かし、多様な働き方を生み出す「多”働”海域」を表現しています。WELAGOから生まれる多様な働き方から、都市と地方が共存する社会を描く。それが日本全体、そして働く人々のサステナブルな未来につながると信じて。
歴史あるあんこ文化に今の時代の感性を取り入れる
WELAGO施設内の和室の壁三面をキャンバスにして描かれたマンガ壁画は、それぞれが物語として繋がっています。マンガ壁画のラストシーンを飾るのは、大島の伝統的文化であるあんこ衣装を着た女性2人。『あんこ』とは島ことばで、姉・年上の女性を表し、伊豆大島の厳しい自然環境をたくましく、しなやかに生き抜いた女性の独特なスタイルとして、あんこさんの装いは生まれました。様々なモチーフが伊豆大島にはある中、あんこさんを選んだ理由を高村さんは以下のように語ってくれました。
「壁に絵を描くのは初めての挑戦でしたが、せっかくなら自分にしか作れない作品にしようと思い、大島とあんこさんをテーマにマンガを描くことにしました。マンガは起承転結のストーリーやセリフにもこだわる必要があるので、少ないコマの中で何を表現しようか悩みましたね。アイデアを探していた時、家の冷蔵庫に貼ってあった大島町の広報1月号に目が留まりました。表紙に成人式の写真が載っていて、その中にあんこさんの衣装を着た子がいたんです。お母さんに話を聞いてみると、最近はレトロなスタイルが流行っていることもあり、あんこさんの衣装を成人式で着たいという子が増えているそうです。私たちの時代にはなかった感性が今の子たちにはあるんだと感じ、成人式であんこさん衣装を着ているシーンをラストに持ってこようと決めました。」
もう一つ特徴的なのが、それぞれのコマに出てくる大島を代表する花の数々。そこにも高村さんなりの狙いがあるそうです。
「あんこさんのシーンで椿の花を描くことは決めていましたが、せっかくなら他のシーンにも花があった方がインパクトのある絵になると思いました。大島の花といえば、椿・桜・ツツジで、大島の小学校の名前にもなっています。椿は成人式の1月、桜は離島シーズンの3月、ツツジは4・5月と、それぞれの花が連想される季節や島の出来事があります。」
若い世代が歴史あるあんこ文化を新しい感覚で楽しむことや、大島を代表する花とそれぞれの季節にまつわる島のエピソードを汲み取り作品にできたのは、伊豆大島出身である高村さんならではの強みだと感じました。
あんこさんが過ごした日々を未来へ
島ことばで「姉・年上の女性」のことを「アンコ」と言いました。アンコさんは厳しい島の生活を力強く支えました。男性たちが海や山へ仕事に出ている間女性たちは毎日“ハマンカー”と呼ばれる共同井戸へ行き水を汲んだり薪を運んだりしながら家や地域を守っていました。絣の着物に前垂れ頭に手ぬぐいを被り頭上に物を載せて運搬する姿は独特で素朴な美しさを感じさせます。
細部までこだわったからこそ、伊豆大島の人に届けたい
この記事では全てを語りきれないくらい細かなこだわりがあると話してくれた高村さんは、制作過程を友人に見てもらったところ嬉しい反応があったといいます。
「あんこさんの頭に巻いてある手ぬぐいの柄は、観光用のあんこさん衣装でよく使われる椿と三原山のイラストに大島の代表的な民謡である『大島節』の歌詞をあしらったものと、伝統的なソーメン絞りの2種類を描きました。3年前、いつか大島を題材にした作品を描きたいと思って、郷土資料館で見せてもらったものを元に描いたんですが、その違いに友人が気付いてくれたんです。ちゃんと地元の人に響いたんだと思い嬉しかったですね。」
作品制作を通じて、伊豆大島への気持ちが変化したことも教えてくれました。
「昔は、伊豆大島に帰ってくることを周りの人からネガティブに思われたらどうしよう…と、コロナ禍で1年くらい帰省していた時も地域のコミュニティにあまり顔を出さなかったんです。でも、今伊豆大島に戻ってきて、一歩踏み出して集まりに参加してみたら、違和感なく昔の関係性にすっと戻れて、みんなが自分のことを気にかけてくれました。本当に居心地が良くて、心の支えになっています。
きっと私が昔に感じていた気持ちって、同級生も同じだと思います。今回の作品を通じて、島の文化を受け継いでいくことって面白いことなんだよという気持ちが同級生たちにも伝わるといいなと思っています。」
島に新しい仕事をつくりたい
予想外だったUターンをきっかけに、島への想いが大きくなった高村さんは、この先どのような展望を見据えているのでしょうか。
「最近は、島でマンガ家になるためのステップを踏んでもいいのかなと思っています。もし、連載の仕事が舞い込んできても、都内に拠点を構えるのではなく、島で仕事をしたいなと思い始めています。今回の壁画もそうですが、昔からの知り合いから仕事がもらえたりと、フリーランス時代とは違った、顔の見える人からのオファーが生まれているので、島で仕事をしていくことの可能性を感じています。」
故郷に戻ってチャレンジをするUターンという選択肢。
一度故郷を離れることで見えてくる地元の魅力に新たな可能性を見出し、自然体で広い視野を持って島でチャレンジするその姿は、多くの人に島との新しい生き方を提案してくれています。
Let's Share
この記事をシェアするRelated articles
関連記事シマジマトークで垣間見た島暮らしのリアル
2023年1月20日に東京ポートシティ竹芝まちづくりプラザにて開催された『とうきょうシマジマDialogue』。東京諸島への玄関口である竹芝から、対話を軸に東京・・・
2023/02/02
“生き方”から組み立てる離島での新しいライフスタイル
飲食業でありながら“教育”の機能もミックス、本来は別の枠組みで考えられていたジャンルを組み合わせることで、まさに“イノベーションが生まれそうな事業”に三宅島で取・・・
2022/03/21