新民家プロジェクトが描く循環型社会

 2022/01/18

東京諸島の未来を考えるWEBメディア『東京都離島区』がスタートしました。
新しいことをはじめるとアンテナの感度があがるようで、約10年ぶりに沖縄へ出かけました。

沖縄といえば、若いときに足繁く通った場所で、離島に興味を持つきっかけをつくってくれた思い入れのある場所。さらに、滞在中に次女の誕生日を迎えたこともあって、感慨深い沖縄旅となりました。

久しぶりの沖縄本島は市街地を中心に都市化が進んでいて、他のどの地域とも区別のつかない、均質的な風景がさらに増えたような印象を受けました。沖縄といえば青い空をバックに琉球赤瓦やその上にたたずむシーサーからなる独特な建築が魅力的で、そんな建物が建ち並ぶ町並みは沖縄唯一のものであり、亜熱帯という気候も手伝って鮮烈な印象を抱かせてくれましたが、そんな唯一無二の風景が時の流れとともにどんどん失われていくのかな…とちょっと残念な気持ちになりました。一方で、今回の訪問先のメインとも言っていい場所、SHINMINKA Villaでの滞在はとても素晴らしい体験だったのでご紹介したいと思います。

忘れかけていた本能を呼び覚ます「新民家」での豊かな時間

沖縄本来の集落の雰囲気がまだまだ残る北部地域に溶け込むようにひっそりと佇むヴィラ。周囲との緩やかな関係性や自然との共存が図られたランドスケープ。五感を通じて本能にスーッと入り込んでくる懐かしさや温もりからくる柔らかな印象に加えて、施設の随所に宿るデザイナーのセンスやそれが創り出す美しく斬新な造形、さらに建物の周辺に目を移すと亜熱帯植物たちの生命力溢れる命の造形が飛び込んできて、その豊かなコントラストに非日常的な居心地の良さを味わうとともに、シンプルで静謐且つ複雑で濃密な時間を過ごすことができました。

建物の設計と宿泊施設の運営を行うのは、沖縄を拠点に事業を展開している建築事務所ISSHOArchitects。代表の漢那氏とは実は高校時代の同級生で、最先端をいく意匠性の高い作品を次々と世に送り出してきた新進気鋭の建築家です。以前からその活躍にとても感心していました。拠点を沖縄に移してからは土着型で地域の生態系や時代の流れとともに忘れ去られつつある大切な歴史や文化を掬い取り、未来をも含めた時空間を俯瞰的に見つめながら、自身が持つ鋭い感性とともに描き出すことで、建築をより高次のデザインへと昇華させています。そして、今回ご紹介する新民家プロジェクトを軸に、彼の活動はより本質へと近づいている印象を受けました。

進化思考的発想から生まれた新しい沖縄の木造住宅

さて、なぜ私がこれほどまでにこの新民家プロジェクトに興味や関心を抱いたのか?
建築自体が持つデザイン性の高さや居住空間の快適性はもちろんなのですが、よくよく考えてみると、それは私が最近感銘を受けた書籍『進化思考(太刀川英輔 著)』に記されている内容を体現しているプロジェクトとも思えたからです。

進化思考については以前にこちらの記事でも取り上げていますが、「変異と適応」を繰り返すことで、誰もが創造という行為を諦めることなく発揮できるようになる思考法について説いた一冊で、創造には自然界の進化と同じく、「変量」「擬態」「欠失」「増殖」「転移」「交換」「分離」「逆転」「融合」といった9つの変異と、「解剖」「系統」「生態」「予測」からなる4つの適応を交互に繰り返すことが大切だと記しています。つまり、既成概念に囚われないエラー的発想法ともいえる変異の思考と、時間的・空間的概念からなる適応の思考を組み合わせて繰り返すことによって創造という活動の精度を高めていくのです。

琉球王朝より代々受け継がれてきた沖縄の木造住宅の完成形ともいえる古民家は壁の中に筋交い(補強部材)を組み込むことによって強度を保っていますが、新民家は筋交いを軒に差し出した庇(雨端)を支える柱に組み込む新たな工法を開発することで大きな開口を実現しています。その結果、開放的で通気性能の高い、快適な住環境を実現させているのが特徴です。発想の転換、まさに「変異と適応」からなる進化思考的発想によって生まれた新しい沖縄の木造住宅なのです。

この新民家ですが、環境に配慮した優れた住宅と言うことで、日本建築家協会の「JIA環境建築賞最優秀賞」をはじめ数々の賞を受賞した注目の建物です。

現在は新民家プロジェクトとして、沖縄本島に2カ所、奄美大島に1カ所、西表島に1カ所の宿泊施設としての体験型ヴィラが建ち、他にも住宅や店舗など琉球諸島で着実な広がりを見せています。将来的には設計プログラムを開発し、設計の自動化によって木造の強さを活かしながらコストダウンとさらに自由な建築設計を目指しています。

沖縄の新たな木造建築として注目されるこの建物の特徴は、建物を長持ちさせることで環境に負荷をかけないという考え方よりも、むしろ建て替えることで環境に配慮した循環型社会の実現を目指す考え方へとシフトさせている点です。

古来より受け継がれてきた自然との共生を大切にしたサイクルを取り戻す

ではなぜ漢那氏は木造建築にこだわるのか?

それは、5000万年から3億年も生成に要すると言われている石を使ったコンクリートで仮に100年、200年持つ建物をつくったところで、そもそも建材の生成時間とは到底釣り合わず、サスティナブル(持続可能)な視点から見ると厳しいのは明らか。一方で、50年育った木を製材して建物に使った場合、建物は大体50年は持つので、樹齢と建築後の耐久年数がほぼ同等だと言われています。

建材としてどちらがサスティナブルで環境に優しいのか?答えは明確です。
建材として利用する最適な樹齢と建築後の耐久年数がほぼ同等である点に着目することで、建築時に使用した木材と同等の木を植林することで地域内で循環する無理のないサイクルが実現できます。そういった林業の考え方が社会に根付いていけば循環型社会の実現が可能になります。建築と植林をセットで考え、ライフサイクルを回していく。結果的に環境に負荷をかけず、地域の新陳代謝を促すことで自然と調和した健全な環境を維持できます。

そこで漢那氏は植林を通じて建材に利用するチャーギというイヌマキ科の常緑高木の育成にも取り組んでいます。チャーギはシロアリに強く、沖縄の風土に適した木材。

木材というのはその土地で育っているときにはその土地の気候に耐えうる形で成長していくもの。沖縄で育った木であれば、湿気や台風といった沖縄特有の自然環境への耐性が備わっており、輸入や他の土地から持ってきた木材より遥かにメリットのある材料となります。そして、林業を復興させて自前で建材を生産できる体制が構築できれば、安くて効率的な建築の体制が作れるので、持続可能で自然環境保全にもつながる、SDGsの観点からも注目に値するモデルが構築できるのです。

琉球王朝より大切に受け継がれてきた文化や風習は、テクノロジーの進歩や社会環境の変化によって少しずつ忘れ去られようとしています。それを今一度掘り起こし、地域を取り巻く豊かな自然に配慮しながら無理のない対話を繰り返す。効率やコストを優先し、未来予測的な視点を欠いた発想や思考プロセスから脱却し、地域を取り巻く状況を俯瞰的に見つめながら、豊かな自然との調和を意識していくことで、古来より親しまれてきたその土地ならではの文化や風習をアップデートさせて、心身ともに豊かな暮らしを維持していく。沖縄らしさを活かした理想的な地域社会を目指す漢那氏の挑戦がはじまりました。

新民家プロジェクトいかがでしたか?
今回は沖縄での事例でした。先進事例をそのままコピーするのではなく、事例の背後に隠れた“思考”や“プロセス”にこそ学びがあります。私たちも東京諸島により適応した方法を探求していくことが大切ではないかとあらためて考えさせられました。

SHINMINKA Villa

URL:shinminka-villa.com

株式会社ISSHO建築設計事務所

住所:〒901-2226 沖縄県宜野湾市嘉数1-4-40  3F
TEL:098-917-2842(代表)
URL:issho.com

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