『挑戦』すべては未来へつなぐために

 2022/11/09

鹿児島県の薩摩半島から西方へ約30キロ、8,000万年前の地層から形成された断崖や、美しいエメラルドグリーンの海、情緒ある玉石垣群集落など、どこを切り取っても美しい島「甑島(こしきしま)」。2015年3月には国定公園に指定され、2020年8月には甑大橋開通によって甑列島を形成する上甑・中甑・下甑の有人3島がつながりました。

2022年9月、私たちは、そんな鹿児島県薩摩川内市甑島へと足を運びました。旅の目的は甑島の風景や日常を守り、未来へ繋げようと日々奔走する東シナ海の小さな島ブランド株式会社(通称、island company)の代表を務める山下賢太さん(以降ケンタさん)にお会いするため。

私は今から10年前に伊豆大島の元町にコミュニティスペースとして島内外のさまざまな人と関わり、連携しながらワクワクすることを企んでいく場所として「kichi」というスペースを立ち上げ、運営していました。2017年に残念ながらクローズしてしまったのですが、kichiでの活動を始める際、インターネット上の情報を検索しながら他の地域の参考事例を調べていたときに見つけたのが甑島のisland companyでした。以来、ケンタさんの活動には常に注目をしていました。

ケンタさんに注目するのには理由があります。農業、漁業、製造業、宿泊業、さらにはデザインや観光ガイド、地域商品開発やイベントの企画・運営などなど、それはそれはさまざまな事業に取り組み幅広くご活躍のケンタさんではありますが、どの事業も自身が生まれ育った故郷甑島の原風景がベースにあること。island companyのWEBサイトにアクセスすると「懐かしい未来の風景を」の文字。これほどまでに多種多様な事業を手掛けながらも、どの事業も地域がゆるやかに続いていく為の根本につながる本質が見えるのです。そんなブレない姿勢が素晴らしいなと、ぜひ現地でお会いしてお話を伺いたい、そう思ったのです。

ケンタさんには大好きだった港の風景があると言います。そこには、大きな木の下に2人がけのベンチが置いてあって、漁師さんの網小屋と小さな畑がある場所、そんな何気ない場所がケンタさんにとってはかけがえのない場所だった。しかしながら、ある日突然、そのすべてを建設工事によって失います。ケンタさんの原風景とも言える大切な場所。それが一瞬にして消えたことにとてもショックを受けたそうです。その出来事をきっかけに、小さくて美しい甑島の風景を守り、そして、つくり出していきたいと考えるようになり活動を続けてきました。もちろん、止まることを知らない人口減少、そして限界集落から少しでも人口を増やし改善していきたい、といった思いとともに。

到着早々にかかった魔法

さて、私たちが甑島に到着すると、まず最初に案内してくれたのが「夕焼けビール」。このいかにも五感に心地よく響く素敵な言葉は、まさに言葉の通り甑島のとっておきの場所で美しい夕焼けを眺めながらビールを飲むというアトラクションです笑。

「島の日常を知り、新たな価値に気づく」

日常的に飲むビールも場所と時間が変わればここまで贅沢な体験になる。
こんなにシンプルなことがこんなにも豊かな時間になること。甑島に到着早々魔法にかけられたような時間でした。宿に戻る道の途中で見た月の光の美しさも忘れられません。いきなりヤられました。ケンタマジック!

初日にお世話になったお宿はFujiya Hostelさん。もちろん、こちらのお宿もisland companyさんが運営されています。元々船宿として利用されていた築80年を超える古民家をリノベーションしたそうです。

「島の人の暮らしそのものを観光にしたい。なので、僕らの日常を感じてもらえるような宿としてFujiya Hostelはつくりました。島のゆっくりとした時間を感じて欲しいから時計もテレビも置いていません。」

とケンタさん。確かに、島の暮らしに寄り添いつつも、どこまでも洗練された空間づくりによって新しさも感じられる。そうか、これが『懐かしい未来』なのか!と勝手に納得笑。

ケンタさんの奥さま麻由さんがつくってくれたお料理はどれも素材の魅力を引き出したシンプル且つ絶妙な調理加減が素晴らしいお料理ばかり。甑島の焼酎も進みます(なんと飲み放題)!

生野菜やバゲットのディップソースとしてさりげなく添えられていたのは『漁師印のキビーニャカウダ』という、island company謹製の商品。甑島産のきびなごを使用したバーニャカウダです。これがとても美味しくて、お土産に買って帰ろう!と強く決意しました。甑島初日からケンタさんが仕掛けた島の日常から生まれたアトラクションの数々にすっかり魅了されてしまいました。

食事を頂いたあとは、ケンタさんと焼酎を飲みながらいろいろなお話をしつつ、初日の夜はゆっくりと更けていきました…zzz

翌朝は、山下商店の絶品手づくり豆腐等が味わえる朝食からはじまりました。この朝ごはんは最高でした!とうふのさまざまな味わいが楽しめるのはもちろん、とうふの味自体も素晴らしく、それこそとうふの概念が覆るくらい。とうふが持つヘルシーなイメージも嬉しいですね。昨夜の夕食とともにしっかりと考えられたメニュー構成に朝から感心してしまいました。Fujiya Hostelまた泊まりに行きます!!

土地の記憶を辿る

1221年の承久の乱で戦功をたてた武将小川氏の子孫・季直(すえなお)が地頭として甑島に入って以来、近世初頭まで甑島を領有するとともに、蒙古の襲来等に備えることから防衛拠点としての一面もあった甑島。

古くから武家屋敷が立ち並んでいたこともあり、素朴ながらも美しい玉石垣群からなる集落が特徴的です。そんな町並みを丁寧にガイドしてくれました。島ならではの強風に対する対策や敵が侵入した際の防衛機能として道は細く、くねくねと迷路のようになっていて、玉石垣で家屋を囲み、屋根は低く造られ、風を逃がすために寄棟に四方へ広がっています。

目の前に広がる景観からその土地の歴史や文化を読み取ることができることはとても貴重で尊いこと。土地の記憶を大切に伝え、次世代に繋げる。ケンタさんのガイドのおかげで、ただ足を踏み入れるだけでは知り得ない、多くの気づきや学びがありました。

続いて、山下商店へ。
こちらも築100年を超える古民家をリノベーションしてとうふ屋さんとして2013年にスタートされた場所。ここでとうふを製造しながら、カフェやお土産販売、そして奥にはisland company唯一のオフィス(事務室)が設けられています。そう、今朝Fujiya Hostelさんでいただいたとうふもここでつくられています。

店内に並べられたお土産はどれも素敵なデザインで、背景にあるストーリーも感じられる。いくらでも語れそうな商品ばかり。そんな商品開発の背景にもisland companyのビジョンがしっかりと反映されているのが伺えました。

山下商店周辺界隈には静かな島の日常風景が広がっていて、ケンタさんはこの風景を大切に守り残しつつ、未来へと続けていくためのアイデアを日々考えながら、挑戦しているんだなぁとしみじみ思いました。とても居心地の良い場所!山下商店でした。

そういえば以前に、山下さんが「誰かと会うための言い訳になる場所づくり」と語っていたことを思い出しました。山下商店には滞在する間も観光客の方から地元の方までさまざまな方が訪れていて、まさにこの場所が“誰かと会うための言い訳になる場所”になっていました。昔はそんな場所が集落の中に何件もあったことでしょう。それが時代の流れとともになくなっていく。便利になる反面、何気ない日常における温かなつながりの場がなくなっていく。それを取り戻そうとケンタさんは古きものにアイデアを注いで紡ぎなおしているのかもしれません。

名物『スペシャル断崖バーガー』

甑島の名所や観光スポットをいくつか案内していただいた後に訪れたのが「コシキテラス」です。こちらは平成28年4月に旧中甑港旅客待合所を中甑地域活性化施設「コシキテラス」としてリニューアル。ゆったりと座れるソファ席や中甑港を望むカウンター席が設置され、海を目の前にゆっくり過ごすことができるイートインスペースと甑島のご当地品が並ぶお土産コーナー、そして甑島が誇る断崖クルーズ「観光船かのこ」の窓口が併設されています。こちらの施設もisland companyが運営しています。

こちらでは、島の素材をふんだんに使用したランチをはじめ、オリジナルドリンクやスイーツなどがいただけます。

注目は「スペシャル断崖バーガー」。8,000万年分の記憶が刻まれた地層からなる甑島ならではの断崖をモチーフにしたハンバーガーで上甑島で獲れたきびなごのフリットに、下甑島産タカエビと白身魚が一緒になったカツがサンドされた甑島を凝縮したようなスペシャルなハンバーガー。見た目のインパクトはもちろん、味も抜群!皆さんも甑島に訪れた際には是非ご賞味ください。事前予約を忘れずに!

空き家を再生し、次の世代へつなぐ

1950年には25,000人弱だった甑島の人口は今や4,000人を下回るところまで減少、空き家率は10軒に1軒と統計上は出ているが、状況はさらに深刻だとケンタさんはいいます。

次々に空き家が生まれ、やがて廃屋となり空き地へと変わるシナリオ。その負のスパイラルに少しでも手を入れて変えていく。集落にとって大切な財産である古民家を守り、再生し、育てることで、未来へつなげたい。そんな思いで2021年に新たな会社「島守株式会社」を立ち上げたケンタさん。「島守株式会社」は空き家・空き倉庫などの不動産相談窓口、IUターン人材や移住・定住の相談窓口、人材育成のスクール運営等を行なう会社。これまで培ってきたさまざまな事業の先の集大成として、より直接的に島の未来に関わる仕事として立ち上げました。

この日連れて行ってくれたのは、甑列島の最南端、下甑の手打地区。明治から昭和の初期にかけては4,000人が暮らしていましたが、今は約800人にまで減少。手打地区に建つ再生した物件を見せて頂きました。この建物は医療従事者の方への住居としての提供を目的として再生された建物で、見事に快適な住環境に生まれ変わっていました。ここにしかない集落の表情を極力変えずに機能性や快適性を兼ね備えた新たな空間へと甦らせる。日々時間との戦いの中でここまで心血注いで取り組む姿勢には心打たれました。まさに島で挑戦しているのだなと。

それにしても手打地区は静かでとても美しい。すぐ目の前に広がるビーチのあまりの美しさにここに惹かれて移り住みたいと思う人が増えてくるだろうなぁと思いました。ケンタさんが必死に再生した効果はきっとすぐに目に見える成果としてあらわれてくる。そう期待せずにはいられないほど素晴らしい場所でした。

暮らすように旅する、長期滞在に特化した宿『niclass甑島』

2日目のお宿は静かなビーチの目の前に建つ宿泊施設『niclass甑島』。
これまでの古民家再生とは異なり、こちらは新たに建てられた建物で構成されています。それでも全体的なデザインは甑島の町並みに馴染むように玉石垣や低い軒など古民家にみられるスタイルを継承しています。ここにもしっかりisland companyのビジョンが反映されています。

こちらの宿は長期滞在のニーズに応えられるように室内にはトイレ、シャワールーム、ミニキッチンや洗濯機、冷蔵庫、電子レンジ、トースター、炊飯器、コーヒーメーカー等、家電がほぼ一式揃っており、快適に過ごすことができます。バスタブは屋外に設置されていて、波の音や満天の星とともに楽しむことができるリゾート感溢れる施設です。

『巡築』という考え方

翌朝は築150年の古民家をリノベーションした『パンと週末食堂オソノベーカリー』で朝食をいただきました。麻由さんはパン屋さんを営むことが密かな夢だったそうで、この日も工房で黙々とパンを焼いていました。焼きたての美味しいパンをいただける幸せ…ご馳走さまでした!

この建物、外観がとても素敵なのですが、この日は台風接近の予報が出ていた為、外壁はコンパネ等で覆われていました。残念ですが、それも自然によりそう島の暮らしならでは。ちなみに、この建物は古民家をベースに中のものは全て使われなくなった古材や廃棄されたものを使っているそうで、外壁もさまざまなカタチの建具等をパッチワークのように組み合わせてつくっているのが面白い、そんな建物です。元々は武家屋敷で、その名残として刀が抜けるように一部の部屋は天井が高くなっていると説明してくれました。建物が持つ記憶とそこから汲み取り語るストーリーの数々。古民家が財産たる所以です。

ケンタさんはこの建物をリノベーションしている際に「巡築」という言葉を思いついたそうで、日々生まれる空き家にもまだまだ使えるもの、手を入れれば使えそうなものはたくさんある。であれば、それらを集めて新たな用途に使うことで資源を有効活用できるし、なによりサスティナブル。この「巡築」という考え方を追求していくことで、さらに新たなアイデアが生まれてきそうです。

たとえ小さくても暮らしの豊かさを

他にもさまざまな場所へ案内して頂き、取り組み等お話を伺いましたが、なかなかのボリュームになってきたので、それはまたの機会にご紹介したいと思います。

というわけで、2泊3日の甑島訪問でしたが、膨大なインプットの数々!!
あらためてケンタさんの仕事量には圧倒されました。生まれ育った甑島の日常を守り、未来へとつなぐ活動。小さな島であっても、そこには豊かな暮らしがあって、大切に育まれてきた歴史や文化があります。island companyが取り組んでいることは「ここで暮らせてよかったと心から思えるまちづくり」と言えるのかもしれません。急速に進む人口減少による限界集落の中で、日々困難な課題に立ち向かうケンタさんの熱量に僕らも力をもらいました!

ありがとう甑島。
ありがとうケンタさん。

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