地球のいぶきを感じ、人の情熱が活きる島「海士町」へ

 2022/01/05

10月の中旬、島根県隠岐郡海士町(あまちょう)に行ってきました。

海士町といえば、「ないものはない」というキャッチフレーズのもと、既成概念にとらわれない数多くの改革や事業を通じて全国から多くの移住者が集まり、地域振興の先進地として知られる地域です。

海士町のある隠岐諸島は島根県の北40−80kmに位置する大小約180の島々で構成されており、有人島は西ノ島・中ノ島・知夫里島の3島からなる「島前(どうぜん)」と、北東の「島後(どうご)」の4つの離島を中心に構成されており、「隠岐ユネスコ世界ジオパーク」に認定されています。海士町は中ノ島になります。

古くから後鳥羽上皇をはじめとした殿上人が配流された歴史や、北前船の寄港地として栄えた歴史など、人や文化の交流が盛んな島であったことが伝えられています。また、島前3島がリング状に並ぶ独特な地形は約600万年前の火山活動によって生まれたカルデラの外輪山の名残で、日本海の波風の影響を強く受け多くの景勝地が点在する外海側と、人々の穏やかで豊かな営みを育んできた内海側の2つの表情が見られる表情豊かな地域です。

約280万年前に島の北東部にあたる明屋海岸を中心とした噴火によって流れ出た溶岩によって平らな土地が生まれたおかげで農業ができる土地がありました。また、名水百選(天川の水)に選ばれた豊富な湧水に恵まれ、古くから半農半漁の自給自足可能な豊かな生活が営まれていた海士町。そんな島民性がベースとなって生まれたのが、海士町役場発の新しい概念「半官半X」です。

「半官半X」は公務員がフレックスな働き方で役場の業務時間内であっても地域のためになるのであれば何をやっても良しとする取り組み。自分の得意分野を活かすことで生き生きと働ける環境が生まれるのはもちろん、海士町の抱える課題に対して当事者意識を持って取り組む機会が生まれ、その結果信頼関係を築き、課題解決につながるヒントにつながる。そんな新しい働き方が生まれています。

「自立・挑戦・交流×継承・団結」「みんなでしゃばる島づくり」という町の指針のもと、今も各所で様々な活動が見られる挑戦の島です。ちなみに「しゃばる」は方言で、“強く引っ張る”という意味。

コンセプトをシンプルに美しく伝える「Entô」

2021年7月にオープンしたばかりのホテル「Entô」へ。

こちらの施設は老朽化したホテルをリノベーションし、別館を新たに改築して隠岐ユネスコ世界ジオパークの拠点施設としても機能する“ジオパークホテル”として生まれ変わり新たなスタートをきった新スポットです。

別館であるEntô Annex NESTにはジオパークの素晴らしさや魅力を伝える展示室やラウンジが併設されており、“地球46億年の歴史の中の私”という考え方をベースに遥かな時空を超えて地球規模のスケールを感じさせてくれる展示構成が特徴です。

「Entô」の最後のoの上に乗ったサーカムフレックス(長音記号)は“地球にぽつん”という状態を表現しており、今この場所に私たちがいることの不思議、地球が誕生してから46億年という途方もない時の流れを経て今があること。それらを俯瞰して眺めることで、全てが今につながっていることを感じとることで、自然をただ眺めるだけでなく、その中から「つながりを見つける」という新たな体験を私たちに伝えてくれます。

今回はジオパーク魅力化コーディネーターの寺田雅美さんに実際に展示室やラウンジをご案内いただきました。上記のような展示コンセプトのもと、まさに時空を超えて地球全体規模から入る寺田さんのガイドは神秘的でロマンに溢れています。悠久の時を超えて巡らす想像は旅をより上質な体験に変換してくれる豊かな時間となりました。まさに「旅」自体をアップデートさせる場所を「Entô」はつくりあげているんだなと感じました。

そして、知識量や情報量よりも、感じたり考えるきっかけを与えてくれる場所。ここから先はフィールドに出て直接あなたの五感で感じて欲しい。美しくシンプルな空間を備えた「Entô」は観光を新たなステージへと導いてくれる拠点でした。

「Entô」を中心にさらなる挑戦を続ける

続いて訪れたのは島内のとあるリネンサプライ工場。

「Entô」を運営する関係者にお話を伺うべく、運営会社である株式会社海士代表取締役である青山さんにアポをとったところ、こちらの工場へ案内されました。

リネンサプライ工場を運営する株式会社島ファクトリーの代表取締役でもある青山敦士さんは北海道出身で、2005年に海士町に移住、海士町観光協会の職員として海士町でのキャリアをスタートしました。

海士町の観光に不足しているところを常に考えながら観光協会としてサポートできるところは積極的に動いてきた青山さん。例えば、島内の宿泊業者さんの負担を少しでも和らげようと、お客様のお食事の準備の時間と重なることの多い港から宿への送迎を観光協会で担ったり、清掃要員が不足している宿への清掃サポート等、現場に寄り添ったサービスを常に心掛け実践してきました。

リネンサプライ事業については、これまでリネン・タオル類のクリーニングは本土の業者を利用してきましたが、輸送費の負担やそもそも業者が受け付けてくれない状況が発生するなど、様々な課題を解消すべく「ないものは自分たちで作っていく」という意志のもと立ち上げられたそうです。

一方で、来島者の異なるニーズや宿泊業者が提供するサービス内容をカテゴライズすることでサービス提供側である宿泊事業者と受け手側である来島者のギャップの解消を図ることを目的とした島内宿泊事業者とのゾーニングにも着手、全体的なサービスレベルや顧客満足度の向上に努めてきました。そんな徹底した現場主義をベースとした活動を積み重ねてきた先に「Entô」があること、地道な活動を継続的且つ情熱的に積み重ねてきたことで、「Entô」という一つの理想的な拠点が生まれたことを知りました。

マーケティングの視点を取り入れて稼ぐ観光へ

続いてお会いしたのは、一般社団法人隠岐ユネスコ世界ジオパーク推進協議会の石原紗和子さん。石原さんは神奈川県の出身で、海士町に移住する前はシンガポールで5年間観光マーケティングのお仕事をされていました。

「人を繋ぐことが世界を幸せにする」という信念から旅行業の世界に入ったという石原さん、その後一人一人の役割が比較的に大きい地方での活動に興味を持ち始め、様々な要因が重なり海士町に移住することに。

「自分が暮らしていく地域を楽しくするために一生懸命やろうと思えた」

そんな想いとともに、マーケティングの視点から、隠岐諸島の観光地域づくりに取り組んでいます。

今回は地域連携DMOとして観光庁の観光地域づくり候補法人(地域連携DMO)に登録(2021年3月31日)された隠岐DMOで取り組まれていることを中心にお話いただきました。

ところで皆さん、DMOという言葉はご存知ですか?

DMOは「Destination Mnagement(Marketing)Organization」の略語で、地域の「稼ぐ力」を引き出し、観光地域づくりを実践するための戦略を策定する法人のことをいいます。地域資源に観光的価値を付加することにより、貨幣価値を高め、地域経済を潤す「マネジメント」と、地域資源の観光的価値を分析し、貨幣価値を高める方法を戦略的に考え、商品・サービスとして開発する「マーケティング」の両側面からアプローチした事業を行う組織であり事業体のことをいいます。

隠岐DMOでは、隠岐ユネスコ世界ジオパーク推進協議会を中心とした環境・教育の分野と隠岐観光協会を中心とした観光の分野が一つになりDMOを組織すべく取り組んでいる真っ最中とのことで、地域資源の保全をしながら、観光と教育へ活用すること、地域内の循環を促していくことを、DMOが連携・つないでいくことでさらなく発展を目指しています。

「Entô」もそういったDMOの理念・目的と連携した施設のひとつです。

石原さんは言います。「何のために観光をやるのか?」それは「地域を続けていくため」。もともと海士町も他の地域同様、いやそれ以上に地域の存続が危ぶまれた地域でした。目の前に地域消滅の危機感があったからこそ、新たに「人づくりの島」として海士町は生まれ変わり、挑戦を続ける島へと舵を切り進んでいます。力強く進んでいく推進力を得るためには豊かな地域の存続が不可欠で、そのためには観光を通して外貨を獲得し、それらを島内へ循環させていくことが大切です。

「Entô」のスイートルームは一泊10万円というハイクラス設定。それに見合う設備とサービスでお客様には高い満足度を提供することが出来ており、たくさんの嬉しい反響を頂いているそうです。その背景には顧客ニーズが十分に見込まれるサービスと、収益性の高いビジネスモデルを組み上げていくマーケティングの視点が欠かせません。しっかりと事業設計を行うことで、持続可能で発展性のある事業をつくり上げています。

さらに、もう一つの大切な視点として欠かせないのが「循環」です。

例えば、提供されるお料理はどれも地元で採れた産物を使って、地域に還元することを忘れません。せっかくの良いサービスも島外からのリソースを利用したものである限り、お金は島の外へと流出してしまいます。常に地域全体を俯瞰し地域内で循環させていくことを意識し、ヒト・モノ・カネを地域内で循環させていくことが大切なのです。

もちろん、地域での供給量には限度があります。宿泊施設の数や年間の生産物の量を把握し、お客様にとっても島民にとっても最適な環境を維持するための顧客数を割り出し管理していくことも大切です。

Entôが設定している理想的な顧客像は

  • 好奇心旺盛
  • 社会課題、環境課題に関心がある
  • 地域資源の価値を理解
  • バックパッカー気質なファミリー

海士町は遠い、そんな辺境の地に興味を示す好奇心と、地域の美しい風景と育まれた文化に関心があり、高い品質はもちろん、環境保全やSDGsに配慮してつくられた商品やサービスには高くてもお金を払う、そして、離島ならではの不便なところにも理解を示してくれる。そんな顧客に響く商品設計を行っていくことで、結果的に利益率の高い収益と、地域の生産数に見合った供給体制を維持できる。双方にとって無理のないポイントを見極め、地域を循環させる状況を作り出し、維持・発展させていく視点が大切なのだと教えてくれました。

さらに、稼げる豊かな「観光」を継続させるには、地域の担い手を育てることも必要で、次世代へと引き継いでいく「教育」の視点も不可欠です。海士町では教育の魅力化プロジェクトを立ち上げ、廃校寸前だった島前高校の生徒数をV字回復させたことでもよく知られています。それはまた別の機会にお話しするとして、そんな“巡りの島”ともいえる海士町は常に未来を見据え、島民それぞれが自分の立場や役割を理解し、島全体にとって持続可能な活動につなげている。まさに人が地域をつくり、地域を育む。「人づくりの島」が成せる豊かな場所でした。

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