島の可能性をひろげる
大島は東京都心から南に120km離れた場所に位置する伊豆諸島最大の島です。黒潮の影響により気温の年較差・日較差が小さい温暖湿潤な海洋性気候で、年間の平均降水量は約2,800mmと多雨で、最大風速10m/s以上の強風日数が年間の3分の1にも達します。そして、現在も火山活動を続ける活火山の島で、1955年に伊豆七島国定公園に指定され、1964年には富士箱根伊豆国立公園に昇格編入されました。さらに2010年には日本ジオパークに認定、火山活動の歴史と地球の息吹を感じる原始的な自然溢れる島です。そして、全島至るところに咲くヤブツバキはおよそ300万本とも言われ、大島を象徴する木として愛されています。
そんな自然環境に恵まれた大島ですが、一方で、昭和40年代の離島ブームによる観光の活性化やオイルショック等によるUターン現象で、一時1万人を超えるほどの人口を数えましたが、その後は不況による観光の停滞などの影響を受け、現在は7,500人弱にまで減少しています。また、大島町の65歳以上の人口は、全人口の35.5%(平成27年1月時点)を占め、これは内閣府が予測する2050年の日本全体の高齢化率36%に非常に近い数値となっています。
産業別人口をみると、かつてその半数以上を占めていた農業、水産業の第一次産業に代わり、近年ではサービス業や卸・小売業が増加し、今や第三次産業の構成比が全体の8割近い数字になっている一方、第一次産業は10%を下回る状況になっています。
少子高齢化や一次産業の衰退、雇用の維持等、様々な課題が積み重なる大島で、持続可能な仕組みを導入し、安定稼働を目指す新たな産業の立ち上げはまさに誰もが望む急務となっているのです。
新たな産業を立ち上げる
そんな島の状況を目の当たりにして、危機感とともに「一次産業の復興に取り組まなければならない」というある種の使命感を持ってアクションを起こした1人の青年がいます。
小坂晃一さんは生まれも育ちも大島。高校卒業後は島を離れ水産関係の専門学校に入り、卒業後は遠洋漁業に携わっていました。そんな折にふと他の一次産業にも取り組んでみたいと考えるようになり、大島ではほとんど担い手のいなかった畜産に興味を抱くようになります。中でも食肉消費量を調べてみると日本で一番消費されているのが豚肉ということを知り、次第に養豚に注目するようになりました。
もちろん、理由はそれだけではありません。大島は昭和初期の頃より観光の島として注目されるようになり、前述のとおり観光サービス業をはじめとした第三次産業が主流となる産業構造へとシフトしていきました。ところが、観光の島としてお客さまに喜んで頂くためには地元産の美味しい食材を使ったその土地ならではの豊かな食が重要です。魚介類に加えて大島ならではの食肉が提供できたらさらに観光のお客様の満足度向上につながるのではないか?そこから島の新たなご当地食材として「ブランド豚を育てて提供したい」と考えるようになったそうです。
大島ならではのブランド豚とは?
さて、遠洋漁業から離れ養豚業をはじめるべく、養豚に関する様々な情報を集めたり、全国さまざまな地域で養豚をされている方を訪ねながら貪欲に知識を吸収していった小坂さん、そんな日々を送る中でとても美味しい豚に出会います。それは「トトリコ豚」という鳥取のブランド豚でした。居ても立っても居られなくなった小坂さんは鳥取へと向かいます。当時鳥取県が実施していたワーキングホリデー制度を利用しながら1ヶ月間鳥取県米子市に滞在し、日中はスーパーで働きながら空き時間にトトリコ豚の生産農場を訪問、生産者の方との面談を重ねながら様々な知識を吸収しました。
トトリコ豚の特徴はスペインのイベリコ豚に倣ってドングリを飼料に用いているのが特徴で、その資料の配合量をはじめ、約1カ月間様々な勉強をされたそうです。
トトリコ豚の生産現場での経験をはじめ、養豚の実習を経験しようと農業インターンシップ制度を利用して茨城県水戸市の農業実践学園をはじめとしたインターン先での経験から、餌によって肉質に変化が出ること、ドングリと伊豆大島に広く自生する椿の実の成分がほぼ一緒であることを知る小坂さん、スペイン産のイベリア種という品種の豚はイベリコ豚として広く知られていますが、その豚はドングリ林で放牧してストレスフリーの環境下で飼育をしています。同様に大島の椿の森で飼育をすることでイベリコ豚に近い飼育環境ができるのではないか?と思いつきます。
「純和製のイベリコ豚ができないだろうか?」と、その専門の講師の方に伺ったら「可能性は十分にある」と前向きな回答を得た小坂さん、「俄然やる気が出ました。」
さらに、鳥取のトトリコ豚での勉強経験も活きています。トトリコ豚はイベリコ豚の生産方法に習って独自の飼育方法で豚を育てていました。そこで得た手法を参考に伊豆大島ならではの美味しい豚を育てる方法はないものか、小坂さんはさらに考えました。
そして、伊豆大島の特産品である椿油の絞りかすを配合した飼育を思いつきます。すでに島内の椿油製油業者は絞りかすを粉砕して農家さんが育てる作物の肥料にしていることを知り、それを餌にできないか製油業者と交渉しました。今では製油業者さんのご厚意により椿油の絞りかすを提供いただけることになり、飼料に配合して検証できるようになりました。さらには同じく島の特産である明日葉も飼料に配合しています。明日葉は栄養価が非常に豊富なセリ科の植物で、健康食品にも広く利用されていて、豚により良い効果をもたらすものと大きく期待に胸が膨らみます。
大島町役場の担当者とも打ち合わせを重ねた結果、ついに繁殖しないことを条件に国立公園内である三原山での飼育を開始します。これまでの様々な養豚事業者との交流のおかげで、ある企業より業務委託を受けて飼育管理できる資格を得ることができたのです。そして、イギリス産の純血種のブリティッシュバークシャー種の飼育を開始します。
また、豚を繁殖するための豚舎の建設場所を見つけて豚舎建設に向けた準備も進めました。
気づくと養豚のことになんとなく興味を持ち始め、情報や知識の収集とともに計画を立て始めてから既に10年が過ぎていました。
現在は豚舎建設による資金援助を受けるべくクラウドファンディングにも挑戦しながら(2021年3月現在)、大島産ブランド豚「かめりあ黒豚」誕生に向けて日々奮闘中です。
さらにひろげる
「伊豆大島でブランド豚を育てたい」という大きな目標の他にもやりたいこと、実現したいことがあるという小坂さん、それは農業グループを島内に作り、豚ぷん堆肥を使った農業と豚ぷん肥料を使って育った明日葉を餌として豚に与える循環型畜産産業や、B級品を使った加工品開発です。
「東京都立大島高等学校農林科では、以前豚を飼育していましたが、今は飼育されていないので、卒業生や生徒に実習というかたちで受け入れて農場体験を実施できればと考えています。養豚事業を軌道に乗せることはもちろん、卒業生の雇用先となるようさらに成長させていきたいと考えています。高校卒業後はほぼ全ての学生が島を離れてしまうので、少しでも島に残って社会的生産活動に従事して欲しい、そんな願いがあります。」
また、豚舎建設にあたって、匂いや鳴き声、そして害虫等の心配をされる地域住民の方向けに住民説明会を実施するなど地域に対する配慮も忘れず気をつけながら進めてきたという小坂さん、悪臭防止法をはじめとした法律上の規制についても調査をするなどしっかり対策を施しています。
現在はすでに豚舎も完成しており、三原山で飼育中の親豚を移動させて、安定生産を目指して順次種付けを行なっています。三原山の広大な自然の中で椿油の絞りかすと明日葉を配合した資料を与えながら、のんびりとしたストレスフリーな環境で豚を育てています。
いよいよ、小坂さんの挑戦がはじまりました。
ビジネス創出の拠点に
首都圏からのアクセスの良さと雄大な自然が残る大島。企業や教育機関より、社会課題解決に向けた取り組みや新たな教育を行う場として近年注目を浴びつつあります。大島の雄大な自然が都市にはない体験を人々に与えるとともに、30年後の日本を予測させる環境がすでに現実となっている大島は社会課題の探索と解決のフィールドとして期待されています。
小坂さんのように地域の課題を見つめ、潜在的価値を見出し、有益で持続可能な仕事や仕組みを創出しようとする動きはますます重要になってきています。関係人口の増加や地域における雇用創出に一役を担う若手はまさに島の宝。小坂さんは養豚事業を通じて、食料自給率の改善、一次産業の復興を目指すべくアクションを起こしました。将来的には様々な企業とのコラボレーションや観光サービスとの連携、地域教育への協力など、養豚をベースに地域振興や産業振興に役立てるビジネスの創出やビジネスプランの策定にも積極的に取り組んでいきたいそうです。
未来を信じて旅に出る
「放牧飼育している豚は天気の良い日は干した布団のような優しい匂いがします。豚が綺麗好きと言われる所以は寝床と食事場所とトイレを別々にする習性があり、体臭もなく、飼育していると本当に可愛くてせめて出荷までは愛情を沢山注いで育てたいと思っています。海外ではアニマルウェルフェアという言葉があります。放牧を基本とした、自然に近い環境で育てることで、動物にストレスを極力与えずに幸せに育てることが私にとっては何よりも大切なことだと思っています。生まれ育った伊豆大島でそんな養豚を始められることを本当に嬉しく思います。」と小坂さん。
たとえわずかではあっても、この取り組みを大島の豊かな未来に向けた価値あるものにしたい。小坂さんは大きな覚悟をもって取り組みをはじめました。
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