美大生が見つけた、伊豆大島を情緒で読み解く作法
「都市と地方の共存社会を、多様な働き方から描く」というパーパスを掲げる、Izu-Oshima Co-Working Lab WELAGO(ウェラゴ)。2025年には環境省の『自然共生サイト』に認定されるなど、働く人や島の自然、地域が共に育ち合う拠点を目指しています。
その取り組みの一環として、2024年からフロンティアコンサルティングと武蔵野美術大学はWELAGOを活動拠点に、「生物多様性」や「ネイチャーポジティブ」をテーマにしたデザイン研究を進めてきました。伊豆大島をフィールドに、WELAGOを研究拠点として多くの学生が参画。自然への理解を深めながら、多角的な視点で島の未来を見つめる活動に取り組んでいます。
武蔵野美術大学 共同研究 成果発表会 レポート
WELAGOが武蔵野美術大学と共に進めてきた「生物多様性の保全・回復における持続的な関係づくりのための対話デザイン」に関する共同研究の成果発表会の様子をご紹介します。
今回、その共同研究から生まれた「種」が芽吹き、ひとつの成果としてお披露目されました。
マップ型エッセイ『伊豆大島、情緒の旅』。
制作者である武蔵野美術大学3年生の江口さくらさんにお話を伺いました。

※マップ型エッセイ『伊豆大島、情緒の旅』は、WELAGOにて設置・配布しています。大島を訪れた際はぜひ手に取ってみてください。
私から広がる自然との関わり方
WELAGOのカウンターに並んだ、三冊のマップ。
表紙には「ゾワゾワ編」「スーっと編」「くるくる編」という、聞き慣れない言葉が並んでいます。
実はこのマップ型エッセイ『伊豆大島、情緒の旅』は、2024年の研究発表で江口さんが発表した「情緒で巡る大島ガイドブック」をベースに、内容と表現をブラッシュアップして完成したものです。

「今回のマップ型エッセイは、研究テーマであった『Nature Positive Experience』を、もっと感覚的に捉えて言語化する作業から始まりました。ざっくり言うと、『自然との関わりには色々な形があり、その体験を言語化していく』という研究だと解釈しています(笑)。
多くの人の体験を集めるために、学生や社会人の方から自然にまつわる写真や言葉を持ち寄ってもらい、対話を重ねる中で13のコンセプトに辿り着きました。」
13のコンセプト。
そこから、今回のキーワードである「情緒」に辿り着いたきっかけは何だったのでしょうか。
「13のコンセプトを身につけた私が大島を歩いたらどうなるだろう?と考え始めたのがきっかけです。
もうひとつ大きかったのが、友達と大島に遊びに来た時の体験でした。

レンタサイクルを借りた時、お店のおじちゃんが『はい、ここはフォトスポット。ここで写真を撮って、ここで牛乳アイスを食べてね』と丁寧に教えてくれたんです。でも、せっかく豊かな自然の中にいるのに、ピンポイントで『何をするか』を決められてしまうのが、どこかもったいない気がして。
道端のなんてことない景色からも、色々なことを受け取れるのが大島の魅力。情緒という切り口で島を捉え直せば、その魅力がもっと伝わるんじゃないかと思ったんです。」
「わかりやすさ」を優先して伝えてしまう。
それは島に住む私たちにとっても、ついつい陥ってしまう視点かもしれません。

三つの情緒。「ゾワゾワ」「スーっと」「くるくる」
江口さんは13のコンセプトをさらに整理し、マップ型エッセイ『伊豆大島、情緒の旅』を三冊のマップとしてまとめました。
「ゾワゾワ編」
野生に触れる感覚。海に飛び込む、山に挑む、裸足で浜を歩く。ちょっとした怖さと高揚感が混ざり合う感覚です。
「スーっと編」
自然の見えない力に圧倒されたり、背筋が伸びるような心地よいひんやり感を感じる体験をまとめました。
「くるくる編」
自然と人の営みの間にあるギャップや、視点が自然によって切り替えられるような経験をまとめています。

このマップには、江口さんならではの「二つのこだわり」があると言います。
「一つ目は、情緒を受け取るための『作法』です。
これは、私が実際に実践してみた行動を紹介しています。これを手にした人がいつもと違う動きをしてみることで、今まで素通りしていたモノに気づいてもらえたらいいなと思っています。
二つ目は、あえて『ゆるやかなマップ』にしたことです。確実にその場所に行かなければいけない、という概念を外しました。一言メモを添えて、私の道中の行動を書いていますが、なんなら目的地に辿り着かなくても面白いじゃない、という気持ちで描いています。」
「マップ=目的地への正解」という思い込みを外してみると、不思議と肩の力が抜けていきます。
江口さんの添えた一言コメントも、思わずクスッと笑ってしまうものばかりです。

誰かの眼差しを借りることで、世界は広がる
制作の過程で、島の人々との出会いも大きな転換点になったそうです。
「今回マップをブラッシュアップする上で、これまではプロジェクトのメンバーとのグループ行動での来島でしたが、初めて一人で大島に来て、ようやく島の人と深く関われた感覚がありました。夏は盆踊りに参加したり、道に迷っていたら島民の方に声をかけてもらって、ご自宅でお話を聞かせてもらったり。
島で暮らす人の眼差しを借りられたというか、その人が見ている景色に触れたことで、グッと内容に深みが出たと感じています。大学の課題とは違って、届けたい人の顔を思い浮かべながら、一つ一つの体験を深め、取捨選択ができたのは幸せなことでした。」

また、今回の制作には島のデザインユニット「トウオンデザイン」の千葉夫妻もサポートとして加わりました。
「自分のアイデアだけでは、今の突き抜けた表現には辿り着けませんでした。千葉さんたちから『もっと突き抜けちゃったら?』と背中を押してもらえたのが大きかったです」(江口さん)
「ベースの視点がすでに面白かったんです。ただ江口さんの中に『マップという概念』から抜け出せない不安も見えたので、情緒を前面に出すことで、当たり前を疑えるツールになったらいいよね、という話をしました」(千葉さん)
肩の力を抜いて島を見つめ直す
最後に、共同研究を続けていく後輩たちへ伝えたいことを聞きました。
「うーん、なんだろう。頑張って目的を持たないようにすること、でしょうか。
情緒を受け取るためには、肩の力が入っていると見えるものも見えてこない。リサーチせねばと気負うと、スランプになって心が動かなくなることもありました。目的をあえて忘れてみることが、純粋な気づきに繋がるのだと思います。」

江口さんの話を聞いていると、彼女は常に「心が動く違和感」を大切にしているように感じます。
自分だけの視点に固執せず、島で出会った人々の眼差しを借りて、いろんな自分になりきってみる。
そんな「どっちでもない自分」を楽しめる軽やかさこそが、彼女のアイデアの強さなのかもしれません。
効率や正解ばかりを求めてしまう日常の中で、「目的を持たない」時間を作ってみる。
ぜひこのマップを手に、あなたも情緒の旅に出てみてはいかがでしょうか。
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