小さな「やりたい」を、島の力に。地域おこし協力隊の二人が見つめる、利島での1年
「えっ、この人が隠れてるの!?」
2026年4月、人口約300人の利島で、島全体を舞台にした「としまむら かくれんぼ大会」が開催されました。関わったのは、村民の約4分の1にあたる70人近く。子どもから年配の方までが参加し、世代を超えた交流が生まれました。このイベントは、2026年春に新しく島へ移り住んだ人と、以前から暮らす人とをつなぐ、大切な交流の場となりました。
この企画を手がけ、普段は利島の日常を発信するWEBメディア『ずっとしま』の運営を担うのが、地域おこし協力隊の石井絵美子さんと小抜ひかるさんです。二人は、利島村の移住定住事業を、島の人たちと一つひとつ前に進めてきました。
直属の先輩がいない手探りの状態から1年。島の人々と関わる中で生まれてきた「変化の兆し」について、等身大の言葉で語ってもらいました。

写真左から石井絵美子さん、小抜ひかるさん

本来の自分に出会う時——地域おこし協力隊 / 石井絵美子さん
利島村の地域おこし協力隊として着任した石井絵美子さん。
釣りやからむし織り(※)などいろいろなことに積極的にかかわる姿を見かけます。「島に来て本来なりたかった自分になっている気がする」と語る石井さん。同じタイミングで利島へ来て、地域おこし協力隊の同期として活動する小抜が、お話を伺ってみました。

島で育む、野菜と私。——地域おこし協力隊 / 小抜ひかるさん
システムエンジニアという経歴を持ちながら、農家でアルバイトをしたことをきっかけに、農業への関心が深まったそうです。同時に「自然のあるところで暮らしたい!」と思いが強まっていたところ、良縁が重なって利島へ。小抜さんのこれまでの経歴や活動に対する想いを伺いました。
メディアが島の中を回り、子どもたちから届いた「逆オファー」
2025年4月にスタートした、コミュニティ型ポータルサイト『ずっとしま』。
立ち上げ当初は石井さんと小抜さんの二人がメインで記事を書いていましたが、2025年の8月末からは村民自身が筆を取る「村民ライター」の制度が動き出しています。
「子連れ船旅のリアル」や「利島での買い物事情」など、島で暮らす人ならではの視点が加わり、メディアは着実に成長しつつあります。
─ 村民自身の視点が加わったことで、どのような気づきがありましたか?
小抜さん「皆さんそれぞれに島への想いや、独自の楽しみ方があるのだなと改めて気づかされました。『何を書きたいですか』とお聞きすると本当にいろいろな話が出てきて、それぞれが日々の困りごとを工夫してやりくりしながら暮らしているのだと知る、大切な機会になっています。」
─ 今は、村民ライターさんの伴走役も担っていますよね。どんなことを意識していますか?
小抜さん「本業の仕事や家庭を最優先に、ということはいつもお伝えしています。こまめに声をかけつつも、あえて『押さない』バランスも意識しています。
何度かやり取りを重ねながら進めたい方もいれば、なるべく少ないやり取りで進めたい方もいます。負担にならないよう、伴走の仕方はその人に合わせて変えていますね。」

─ そうした丁寧なメディアづくりが、島の子どもたちにも届いているそうですね。
石井さん「はい。小学校の『総合的な学習の時間』の授業で、先生が『もっと外に発信するには、何かあるかな?』と問いかけたときに、子どもたちの側から『“ずっとしま”に載せたい!』と言ってくれたそうなんです。
以前に先生方のオンライン授業を取材したことがあって、子どもたちもその記事を見てくれていました。その繋がりがあったからこそ、今度は自分たちの活動を載せてほしいと、声をかけてくれたんです。メディアが島の中で回っている感じがして嬉しかったですね。」
利島の暮らしを伝えるために始まったメディアが、いつしか島の中でも読まれ、次の発信を生み出していく。『ずっとしま』は、島を紹介する媒体から、島の人たちの声や活動が巡る場所へと少しずつ変わり始めていました。
「やってみたい」から始まった、利島らしい遊びの形
『ずっとしま』編集部の活動は、WEB上の記事だけにとどまりません。
今年4月に開催された「としまむら かくれんぼ大会」は、1人の「やってみたい」という小さな想いが、島のみんなの笑顔をつくる大きな企画へと育っていった瞬間でした。

きっかけは、ある日の編集会議。1人のママさんの『島という環境を活かした、利島らしい新しい外遊びを作れないか?』というアイデアでした。『4月に開催すれば、新しく来る方と村民が交流できる場になるはず』と話が膨らみ、実際のイベントへと繋がっていきました。
─ 編集会議で出たアイデアを、どのように具体化していったのですか?
石井さん「一緒に活動していたメンバーが3月に離島するということもあって、まずは早めに『プレイベント』をやることにしました。利島でよく見かける『カラスや猫がマトリ(※)を追いかける光景』をモチーフにして、隠れる方を『マトリ』、見つける方を『島ネコ』というチームに分けたんです。 (※オオミズナギドリのことを利島ではマトリと呼ぶ。)
実はこのプレイベントの時は、当日までルールがあまり決まっていなくて、私たち自身も結構探り探りの状態でスタートしたんです。でも、そのカッチリ決まっていない余白があったおかげで、参加してくれた方々もその場で一緒になって動いてくれました。
その手応えをもとに、4月の本番ではさらに面白くしたくて、隠れる『マトリ役』に地元のおじいちゃんやおばあちゃんなど、意外な方々に声をかけました。誰が隠れているかは当日まで参加者には絶対に秘密にしておこうって(笑)。」
─ 地域の大人たちを巻き込んでいったのですね。オファーした時の反応はいかがでしたか?
石井さん「ご年配の方も『ここに座っていればいいんでしょ?』と、ノリノリで引き受けてくれてすごく有り難かったです。当日、子どもたちも『えっ、この人が隠れてるの!?』って、驚きながら楽しんでくれたのが嬉しかったですね。

景品もメンバーと相談して、家にある未使用品を持ち寄るリサイクル方式にしました。みんなで知恵を出し合いながら、企画がどんどん魅力的になっていきました。」
心地よいコミュニティを育む居場所づくり
2026年4月にオープンしたマルチコミュニティスペース「まごとえんがわ」。コワーキングスペースの「やまがわ」と、ボルダリングやボールプールのある「うみがわ」に分かれ、多世代が入り交じる拠点になっています。
お二人は施設の管理運営を担うだけでなく、村民同士が緩やかにつながるイベントを企画・運営し、コミュニティを育んでいます。

─ オープンして間もないですが、早くも様々な使われ方をしているそうですね。
小抜さん「出勤前にボルダリングをする人、朝活をしてから職場に向かう人、自主的に勉強しに来る中学生など、朝から晩までよく稼働しています。大人がお気に入りのレコードを聴きに来ることもありますね。」
─ お二人が仕掛けたイベントも、さらに多様な人が集まるきっかけになっていると伺いました。
小抜さん「オープン直後、子どもたちで賑わう反面、『子どもがいない人は来にくいかな』と感じたんです。そこで大人向けのボルダリング練習会を開きました。入退館システムも一緒に説明できたので、定着のきっかけになれば嬉しいですね。」

─ 現場の細やかな気づきから生まれた企画ですね。石井さんが企画された「出島相談室」は、どのようなきっかけで始まったのですか?
石井さん「この春に来たお母さんから『船の欠航で島に帰れず困った。新村民向けのマニュアルがあればいいのに。』という声を聞き、『それなら、この場所でみんなの知恵をシェアできる場を作ろう!』と島に住むお母さんたちと一緒に動き出しました。」
当日は株式会社TOSHIMAさんやヘリの担当者さんをお呼びして専門的な話をしてもらいつつ、子育て中の村民の視点から波の読み方やおすすめのアプリ、お金と時間の優先度に合わせた移動手段の選び方など、実用的な情報を共有したんです。テーブルが埋まるほどたくさんの村民が集まってくれて、2時間では足りないくらい大盛況でした。」

島を超えて支え合う、協力隊の横のつながり
2026年3月に発足した「東京諸島地域おこし協力隊ネットワーク」。
大島・利島・新島・三宅島・八丈島の5島で活動する隊員たちが島を越えてつながるこの組織は、島内に直近の先輩隊員がいなかったお二人にとって、活動の大きな道標になっていました。

2026年3月8日には、東京諸島地域おこし協力隊ネットワークが主催で、トークイベントも開催されました。大島、利島、八丈島の3島から現役隊員やOBが登壇し、満員の会場に向けて「島で暮らし、働くリアル」を語る熱気あふれる一夜となりました。
「島で生きること」を選んだ人たちの話。——東京諸島・地域おこし協力隊、有楽町に集う
近い将来、島に移住したい人、島で働くことを考えている人、まだ漠然とした憧れを持つ人。さまざまな思いを抱えた参加者が、2026年3月8日の夜、有楽町のふるさと回帰支援センターに集まりました。
─ 他の島とのネットワークができたことは、お二人の活動にとってどんな影響がありましたか?
小抜さん「利島には直近の先輩がいないので、役場との関係性の築き方や活動の進め方に迷う部分があったんです。だからこそ、他島で頑張る先輩たちの振る舞いを間近で見られるのはすごく頼りになります。具体的な業務内容だけでなく、先輩としての立ち振る舞いから学べることが、大きな安心感になっていますね。」
石井さん「私は移住自体が初めてだったので、本当に手探りの状態からのスタートでした。でも、一歩先を行く前例が他島にたくさんあったんです。八丈島や新島の移住定住や観光の取り組みを知ることで、『利島でやるならこのくらいの規模感がちょうどいいな』と事前に想定できました。それに、仕事の話だけじゃなくて、『お金の面はどうしてる?』といった、島暮らしならではの苦労やリアルな裏話まで最初から相談できたことには、本当に救われましたね。」
利島には直近の先輩隊員がおらず、同じ立場で活動する人に日常的に相談することが難しい状況がありました。だからこそ、島を越えて経験や悩みを共有できる関係は、二人にとって大きな支えとなっています。
島を越えて悩みを共有し、互いに支え合う関係が、石井さんや小抜さんにとって、手探りだった日々を確かな一歩へと変える道標になっていたようです。
メディアと居場所が交わる、その先へ
─ WEBメディアの『ずっとしま』と、リアルな拠点の『まごとえんがわ』。2つの軸が揃ったいま、これからの連携や見えてきた課題について教えてください。
石井さん「それで言うと、現状はまだその2つがあんまり繋がっていないんです。そこをどうやって連動させていくかが、これからの本当に大きな課題ですね。
ただ、私たちが施設にずっといることで、島の人たちにも『あの人たちは、“ずっとしま”も運営している二人なんだ』というのが少しずつ定着してきた実感はあります。その認知を足がかりに、ここからどう繋げていけるかを考えていきたいです。」

小抜さん「先日、新しく島に来られた方をここで案内したのですが、その時はまだ『ずっとしま』のことも、ここにいる私たちがサイトをやっていることも繋がっていなかったんです。
だからこそ、この場所に来たときに『あ、ここは“ずっとしま”と関わりがあるんだな』と自然に分かるような仕掛けを、これから新しく作れたらいいなと思っています。」
前回の記事では、『ずっとしま計画2030』が生まれた背景と、利島村が目指す移住・定住のあり方を、村役場担当者の言葉からたどりました。
次の100年も、としまとずっと。ー利島村がメディアと許点で育む“未来の担い手”へのバトン
人口約300人の利島村が進める『ずっとしま計画2030』。手厚い支援制度ではなく、「利島で暮らしたい」と思える日常や人とのつながりを育むことを目指しています。住民が発信するメディア『ずっとしま』と、多世代が集う『まごとえんがわ』を軸に、島で育った子どもたちがいつか戻ってこられる未来をどう描くのか。計画に込めた想いを、利島村役場の隅さんに伺いました。
『ずっとしま』は、暮らしの中にある声を見つけ、言葉にする場所。『まごとえんがわ』は、その声を誰かと共有し、実際に試してみることのできる場所です。
二つは、まだ十分につながっているわけではありません。けれど、完成していないからこそ、そこにはこれから島の人たちが関わっていく余白があります。
誰かの小さな「やりたい」が受け止められ、別の誰かの参加を呼び、やがて島の力へと変わっていく。その循環が利島でどのように育っていくのか。東京都離島区でも、引き続きその過程を見つめていきます。
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