近くて遠い島で今と未来を『生きる』
利島(としま)は東京都心より南に134kmの位置にあり、まるでキスチョコのような可愛らしい円錐形のフォルムが特徴の人口約300人の小さな島です。
周囲を玉石に覆われ、砂浜のない利島では、港の整備は難工事でした。桟橋ができるまでは沖に定期船が来ると人力で海岸に“はしけ”を出し、人や荷物を運びました。
漁業についても明治39年に漁業組合が設立されたものの、周囲は断崖絶壁のため湾がなく、着岸できる港の整備が困難な環境にあったため、あまり漁業の進展は見られなかったそうです。
やがて、近代化により昭和33年頃から港湾工事がはじまり、昭和50年代に入ると急速に整備され、定期船の桟橋接岸が開始されるようになります。しかしながら、潮の流れが早い外洋に面していることから、港の整備が進んだ現在においても、就航率は他の島々に比べて低く、特に冬場は季節風が強く吹き欠航が続くこともしばしば。利島が「近くて遠い島」と言われる所以です。
そんな利島で定期船や貨物船の入港から荷捌きまでの業務を一貫して行っているのが株式会社TOSHIMAです。平均年齢30歳弱、9割以上がIターン移住者という若くて元気な会社です。今回はそんな会社を引っ張る代表取締役の清水雄太さんにお話を伺いました。
「海の近くで暮らしてみたい」がきっかけではじまった島ぐらし
株式会社TOSHIMAは2015年4月に創業。
主な事業は定期航路離着岸事業や村の賑わい創出事業。定期船の着岸や荷役作業、乗客誘導といった現場作業や、乗船券の発券、海上運賃計算といった事務作業、さらには船客待合所の管理業務や現地コーディネート業務等、利島の玄関口を総合的に管理する会社です。
驚くべきは従業員の年齢の若さです。平均年齢は30歳弱で、9割以上の方がIターン移住者。従業員数は10名ながら人口300人の島という点を踏まえればその影響力は大きいと考えて良いでしょう。少子高齢化が大きな課題となっている離島地域においてこの構成には驚きです。
実は清水さん自身も2009年に利島に移住してきたIターン。
とにかく釣りが大好きな清水さん、仕事の合間を縫って大海原へと自身の船を出し、釣りを楽しむのが日課なのだとか。利島に移住したきっかけももちろん釣りなのです。
「島で釣りがしたいと伊豆諸島周辺の情報を集めていた際にふと利島の情報を目にしたのが利島を知るきっかけでした。伊豆諸島周辺の釣り情報といえば神津島や新島など他の島の情報は何度でも目にする機会があるのですが、利島に関する情報は全くといっていいほど目にする機会がなく、さらに人口300人の小さな島というところにも興味をそそられましたね。」
大学生活は北海道、そして海に面していない埼玉県のご出身ということもあって、いつか海の近くで暮らしてみたいという夢を持っていた清水さん。たまたま利島村役場のWEBサイトに農協職員の求人募集が掲載されているのを目にして、応募してみたところ早速先方から連絡があり、新宿での1次面接を経て2次面接のため初めて利島を訪れます。
すぐに島の雰囲気に馴染み「この島で暮らしてみたい」と自然と思えたそうです。そして見事採用。当時まだ22歳という若さでした。
「採用されるなんて全く思ってもいなかったので、当時勤めていた会社には退職の意向を全く伝えていませんでした。焦りましたね(笑)。」
島のセールスマンとして島ぐらしがスタート
利島への移住により晴れて海の近くで暮らす夢が叶った清水さん。新たな職場となった農協では椿油の販売促進をミッションとする営業職に従事します。島外での椿油の販売を通じて清水さんは椿油の生産地としての利島の知名度をもっと高めなければと感じるようになったそうです。椿油の販路を広げていくためには産地である利島自体をもっと知ってもらう必要がある。そのためにはまず自分が利島をよく知る必要があった。そこで、村役場に勤める荻野さんと出会い相談を重ねていくことでやがて意気投合。都内を中心に定期的に開催される物産展に積極的に参加しながら利島をPRしていきました。
荻野さんとのコンビを起点に物産展等を通じて他の島の方々ともつながり、懇親会などの企画を通じて、コミュニティを醸成・展開させてきた清水さん、すっかり島界隈では知る人ぞ知る有名人になりました。その後も定期的に開催される東京都心での島関係のイベントに合わせて様々な独自企画を企ててきましたが、中でも衝撃的だったのは2年に1度東京で開催される東京愛らんどフェア「島じまん」のPRのためキャラバン隊を組んで都知事を訪問した際の出来事です。
基本的には各島のミスが担当するのが通例となっていた都知事への表敬訪問ですが、利島にはミスが不在でした。そこで、利島をPRするためならと自ら赤いジャケットを羽織り都知事の元へ。その時の様子が各メディアで取り上げられて大きな話題を呼びました。各島のミスが並ぶ中に一人赤いジャケットを羽織った清水さんの姿…インパクト大です。その裏には利島村役場の荻野さんの策略も少なからずあったのだとか笑。
他にも新国立劇場で開催されていたオペラ「椿姫」とタイアップを組んで椿姫パッケージの椿油を販売するなど、趣向を凝らした様々な販促企画を展開・実施しながら利島の椿油を売り込んでいきました。
農協でのキャリアをスタートさせて島のトップセールスマンとして順調に走り始めて早くも5年の月日が過ぎようとしていた頃、清水さんはターニングポイントに立ちます。「まだ20代、もっと自分の可能性を追求したい。」そんな思いから新たな道へ進もうと悩みはじめます。そんな矢先に当時利島の定期航路離着岸作業を担う東海汽船の代理店業務を担当されていた方が辞めることになり、業務の担い手不在問題が発生。清水さんのもとに新たな会社を立ち上げて一緒にやらないかと相談が持ちかけられます。
「島に暮らしていて、港での作業の様子はよく目にしていましたからきつい仕事であること、責任の重い仕事であることは十分に理解していました。けれども、誰かがやらなければならないとても大切な仕事でもあります。さらに個人的にお世話になっていた方からの直々の相談でした。その方にはたくさんお世話になっていましたし、恩返しの気持ちもあり引き受けようと決心しました。」
島の小さなコミュニティの中で持ちつ持たれつの関係性から生まれた新たな人生のスタート。
周囲を海に囲まれ人口の少ない島では一人一人の担う役割も大きい。だからこそ、日々予測できない展開が待っています。それは時に意外でもあるし、必然でもある。そんな不思議な縁が待っているのも島ならではと言えるのではないでしょうか。
『島で生きる』新たなキャリアをスタート
会社の立ち上げから参画し、2015年4月に株式会社TOSHIMAを創業。当時は村からの100%出資による会社としてスタートしました。そして、創業から2年後の2017年に代表取締役を譲り受けます。
仕事内容は社長になってからも基本的には変わりません。毎日桟橋に行き就航判断、離着岸作業を行います。また、一緒に働く人材の確保も大切な仕事なので、都内の島関係イベント等に参加して利島や会社の魅力を伝えながら仲間探しに奔走しています。
日々の就航判断は島にとって大きな関心ごとです。なぜなら、その日に船が着くか着かないかによって経済を筆頭に島に様々な影響を与えることになるからです。そんな就航判断業務をはじめ株式会社TOSHIMAが担う仕事を清水さんは「花形」と表現します。
利島のような厳しい自然環境において、生活物資や大切な人を運ぶ船の着岸は大きな関心事なのです。だからこそ、清水さんの日々の就航判断には私たちが想像できないほどの責任が重くのしかかっています。
「今は気象予報等の情報網が発達していますが、外洋に突出した小さな島の港なので、就航可否を決めるタイミングは非常に難しいです。また、自分の判断で島民の生活に大きな影響を与えかねないこの仕事は責任を背負っているというよりも十字架を背負っているという思いです。非常に責任ある重要な仕事ですが、その分やりがいは大きいです。感謝されることも多いですし、子供たちから「毎日船を着けてくれてありがとう」と声を掛けてもらえるとやっぱり嬉しいです。皆さんから信頼されているのが伝わってくるのでとても励みになりますね。」
株式会社TOSHIMAが担う船の離着岸や荷役作業はまさにチームプレー。作業員同士の阿吽の呼吸から生まれる流れるような作業はまるで舞台上のパフォーマンスを観ているかのようです。
島の玄関口、経済や暮らしの要とも言える責任ある仕事だからこそ生まれる、美しい日常の風景はまさに「花形」に相応しい。
会社の代表となり精神的にも厳しい仕事の一方で、島ならではのゆったりとした時間の中で暮らしと仕事の境界線が消えていき、より“生きている”という実感が高まったと言います。
「経営者という立場になって自由な時間が生まれたことも大きいですね。働き方や姿勢がガラッと変わりました。オンオフの境目がなくなり、仕事をしているというよりも生きている感覚が強くなった感じです。毎日の暮らしの連続の中にこの仕事がある。それは前向きに良いことだと思っています。」
また、自身の船を購入した背景には海や船のことを少しでも学べる機会を増やすことで仕事に活かしたいという思いがあったから。その上で、大好きな釣りをとことん楽しむこともできる。
「誤解を恐れずに言うと、島で一番充実している人になりたいですね笑。例えば大きなカジキを釣り上げたり、それこそ朝から目立っていたい。社長が楽しんでいるなら自分も楽しんじゃおう、って周りが思えるノリになってくれたら嬉しいですね。」
仕事も遊びも全力で取り組む清水さん。全てが「島で生きる」に直結しています。
将来のくらしが見えるケアを
そんな自身の仕事に対する姿勢の変化とともに、従業員に対するケアも常に考えるようになったという清水さん。特に意識しているのはみんなの将来設計のことなのだとか。
「例えば、利島の民間企業では初めてとなる産休・育休制度を設けました。利島では医療施設の規模や常駐する医療従事者の関係で原則島内での出産ができない為、島外での出産が基本になります。そういった出産前後の環境の変化や出産後も入園前の慣らし保育など、子育て一つとっても様々な状況が考えられるので、安心して子育てに臨めるように環境を整えるのはもちろん、子育て以外の場面でも臨機応変に対応できるように働きやすい環境づくりには特に気をつけています。あ、あとは魚などの島食材が福利厚生ですかね。笑」
また、会社の事業の拡張についても考えています。
「港の仕事だけに限らず、仕事の合間の時間も有効活用して事業を拡張・展開していきたいと考えています。例えば、簡易宿泊施設やコワーキングスペース、カフェの運営など、従業員の可能性を広げるような場づくりをしていきたいです。従業員が皆それぞれ様々な得意分野を持っているので、その個性を伸ばしてあげられるような環境づくりができたらと思います。これまで培ってきたことが活きる場をつくってあげたいです。」
会社の事業の拡張につなげたいという思いはもちろん、それ以上に従業員の可能性を引き出したい、主体的で前向きに働ける職場をつくりたい。従業員想いの優しくも熱い一面が垣間見える言葉です。
清水社長自身も35歳という若さゆえに従業員との年齢的な距離も近く、和気あいあいとした雰囲気の中でコミュニケーションを図りながら会社経営ができている。もちろん、会社としてしっかり締めるところは締めようと、1年に2回程度1体1の対面での面接を行っています。面接では経営者と従業員という立場でしっかり話をする時間を設けることで、お互いの信頼関係をより高めていきモチベーションアップにつなげています。日々安全且つ息のあった仕事を行っていく上でもとても大切な時間です。
そんな株式会社TOSHIMAは経営の安定化を図り、さらなる事業展開を目指すべく、自社の株式の75%を買い戻しました。
「とにかく従業員の暮らしが最優先です。なんでも言い合える雰囲気づくりを心がけて日々従業員からの声に耳を傾けながら改善できるところを探しています。」
より暮らしやすく、働きやすい環境を整えていくにはどうしたら良いか?
自らもIターン移住者だからこそ、そこは注意深く常に気にかけながら配慮しているポイントなのだとか。そんな姿勢は自治体との連携からも見えてきます。
「村が定住者用の住宅を整備していて、こちらの6棟のうち2棟は弊社の従業員が入居しています。現在さらに追加で18部屋分2棟の住宅の建設が進められています。村のこのような具体的且つスピーディな対応には感謝しています。雇用をつくったところで住むところがないと島に呼べませんから。」
移住者を受け入れる雇用があり、住まう環境が整っている。さらに官民連携による風通しも良い。人口が少ない小さな島だからこそ、きめ細かなケアができる。一つの理想的なロールモデルがここにあります。
そして、従業員の方とお話をしていて感じたのは、ごくごく自然な成り行きで島に移り住んできていること。「私がこの島を変えていく」とか「私の力で島を元気にしたい」といった自分を鼓舞するような勢いは良い意味で感じられず、「島のゆったりとした日常に魅力を感じて移住しました」とか「たまたま港で感動的な見送りシーンに遭遇してこんな場所で暮らしてみたいと思った」など、とにかく純粋かつ自然な動機で利島に移り住んでいる方が多いのが印象的でした。
思えばそれは自然な流れで、むしろ具体的な理由なんてないくらいがちょうど良いのかもしれません。あまり肩肘張らずに本来の自分と正直に向き合っている自然体の人ほど島ぐらしは向いているのではないかと思いました。そして清水社長の外交的で常に新しいことを探し求める進取の気性は、この島の未来を明るく照らす灯台のような存在。やはり地域を変えていくのは人であって、その人本来のパフォーマンスが活きる環境をお互いが認め合いながらつくっていってあげることが大切なのだとあらためて思った利島訪問でした。
株式会社 TOSHIMA
〒100−0301
東京都利島村東山753
TEL 04992-9-0303
URL https://k-toshima.co.jp
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