島の声を、未来の仕組みに変えていく

 2026/07/30

伊豆大島視察から見えた Oshima Living Sandbox の輪郭

6月2日から4日にかけて、株式会社キャンパスクリエイトの須藤氏が伊豆大島を訪れました。
キャンパスクリエイトは、大学や研究機関の技術と、地域や企業が抱える課題をつなぐ広域TLOです。産学官連携やオープンイノベーションを通じて、技術や人材を社会の現場へと橋渡ししながら、さまざまな課題解決に取り組んできました。

今回の訪問は、同社が力を入れるインクルーシブなスタートアップ支援の一環として、東京島しょ地域とのネットワークづくりと現地調査を目的に行われたものです。
島で暮らす人、働く人、訪れる人。年齢や立場、身体的な条件、言語、生活環境の違いを超えて、誰もがより暮らしやすく、関わりやすい地域をつくっていくために、スタートアップの技術や知見はどのように寄り添うことができるのか。その問いを持って、伊豆大島の現場を訪ねることになりました。

今回の視察には、フィールド・フロー株式会社の渋谷氏、avatarin株式会社の筒氏もオンラインで参加。現地と画面越しをつなぎながら、大島町役場、大島町商工会、大島マリンサービス株式会社、Izu-Oshima Co-Working Lab WELAGO、一般社団法人大島観光協会、大島旅客自動車株式会社、七島信用組合など、島の暮らしや観光、産業を支える現場を巡りました。

東京から船や飛行機で渡るこの島のことを、東京にいるだけで本当に理解できるのか。資料や数字の向こう側にある、日々この島で暮らし、働き、地域と向き合っている人たちの手触り感は、現地に立たなければ分かりません。船や港、バス、観光案内、事業者支援、地域金融、行政の窓口。島を支えるそれぞれの現場には、どのような課題があり、どのような知恵が蓄えられているのか。今回の視察は、その声に耳を傾けることから始まりました。

島を支える現場を訪ねる

視察で訪ねた場所は、それぞれに異なる役割を持ちながら、島の暮らしや観光、産業を支える重要な接点でした。大島町役場と大島町商工会では、島全体を支える行政と、島内事業者に最も近い支援機関の視点から、意見交換が行われました。

行政は、観光だけを担っているわけではありません。島民の暮らし、防災、福祉、移住、生活情報など、島で生きるための土台を支える存在です。一方、商工会は、島の商店や事業者に寄り添い、経営、創業、補助金、事業承継などの相談を受け止めています。
島を「面」で支える行政と、事業者の営みに近い商工会。立場は違っていても、どちらも地域の現場から日々の課題を見つめています。
地域に新しい仕組みをつくるとき、そこに暮らす人や事業者の実感と切り離すことはできません。制度やサービスをどう整えるか以前に、誰が何に困っていて、どこに相談し、どのような支援につながっているのか。その流れを知ることが、地域に根づく取り組みの出発点になります。

次に訪ねたのは、大島マリンサービス株式会社。島と本土を結ぶ船の、島側の玄関口です。
島で暮らす人にとっても、島を訪れる人にとっても、船は生命線です。けれど、海の交通は日々の天候や海況に左右されます。運航状況、欠航、着岸港の変更。こうした情報は、来島前の人にとっても、島内で移動しようとする人にとっても、不安や判断に直結します。
島の玄関口では、日々変わる海の状況を受け止めながら、島民と来島者の移動を支える仕事が続いています。そこには、単なる交通情報を超えた、島の暮らしそのものを支える感覚があります。

立ち寄った元町港の船客待合所には、運航状況や観光、防災などの情報をまとめたタッチパネル式の案内表示も設置されていました。島側でも、情報を届けるための取り組みはすでに重ねられています。ただ、その情報が来島者や島民の行動にどこまで滑らかにつながっているのか。そこには、まだ考えるべき余白があるようにも感じられました。

元町港から車で2、3分ほどの場所にある、Izu-Oshima Co-Working Lab WELAGOにも立ち寄りました。
WELAGOは、島内外の人や活動が交わる拠点であり、私たちTIAMにとっても、地域メディア「東京都離島区」の活動と深くつながる場所です。仕事をする場でありながら、島の人、島外の人、企業、研究者、学生、クリエイターなど、多様な人が交わる接点にもなっています。

WELAGOに設置されたtonariを通じて、福岡市が運営するアーティストの成長・交流拠点「Artist Cafe Fukuoka」のスタッフと

施設の一角には、遠く離れた場所とその場をつなぐ大画面空間接続システム「tonari」が設置されています。画面の向こう側の人と、まるで同じ空間にいるように言葉を交わすことができるこの仕組みは、離島における距離の捉え方を少し変えてくれます。

今回の視察でも、一部のメンバーはオンラインで参加しながら、各訪問先の対話に加わりました。現地に立つ人と、画面越しに耳を傾ける人。距離があることを前提にしながら、それでも同じ場を共有しようとする姿勢は、島と外の関係性を考えるうえでも、ひとつの示唆を与えてくれます。

一般社団法人大島観光協会では、大島町の観光に関わる方々や、大島旅客自動車株式会社も交えて、来島者の体験をどう支えるかという視点から意見交換が行われました。観光協会は、島の体験価値を編集し、来島者へ届ける役割を担っています。島にどんな魅力があり、どの季節に何が楽しめて、どのように巡ると良いのか。そうした情報を、来島者の目線に立って伝える存在です。一方、大島バスは、島に着いた人が三原山や波浮、各集落、観光地へ移動するための重要な足です。島民の生活交通であると同時に、観光客の移動手段でもある。生活と観光が重なり合う離島ならではの難しさが、そこにはあります。

船が着く港、バスの時間、観光地の滞在時間、飲食店の営業状況。来島者が「大島を楽しむ」ためには、実は多くの情報が複雑に絡み合っています。それらがうまくつながれば、島での体験はもっと滑らかになるはずです。

観光は、観光地だけで完結するものではありません。港に着くところから始まり、移動し、食べ、話し、休み、帰っていくまでの一連の体験です。その体験のどこかで迷いや不安が生まれたとき、誰がどのように受け止め、次の行動へつなげていくのか。観光協会と交通事業者の対話からは、島を訪れる人の時間を支える現場のリアリティが見えてきました。

そして、七島信用組合。島の金融を担う立場から、事業者に最も近いところで島の経済を見つめてきた存在です。事業者との日々のやり取り、創業や事業承継の相談、資金繰り、補助金、数字には表れにくい事業者の事情。そうした会話の積み重ねの中に、島の経済の手触りが蓄えられています。

地域金融機関は、単なる金融サービスの窓口ではなく、島の変化をいち早く感じ取るセンサーでもあります。若い世代が島で挑戦できること。長く続いてきた商いが次の世代へ受け継がれること。島内の経済が回り続けること。その土台を支える視点から、多くの示唆を得る時間となりました。

島の仕事や商いは、数字だけでは捉えきれません。誰がどんな思いで店を続けているのか。どこに不安があり、どこに可能性があるのか。そうした声は、日々の雑談や相談の中に表れます。そこに蓄えられている非財務的な情報もまた、地域の未来を考えるうえで欠かせない知恵なのだと感じました。

見えてきたのは、「資源不足」ではなく「接続不全」

こうして島を支える現場を訪ねていく中で、少しずつ見えてきたことがあります。それは、大島に何かが足りないという話ではありませんでした。
大島には、三原山があります。波浮をはじめとした港町の風景があります。椿があり、温泉があり、海があり、国立公園やジオパークとしての豊かな自然があります。食も、文化も、人の距離の近さも、島ならではの暮らしの知恵もあります。

観光資源がないわけではない。人がいないわけでもない。むしろ、それぞれの現場には、島をよくしたいと考え、自分の持ち場で懸命に動いている人たちがいます。けれど、来島者や島民の目線に立ったとき、それらがひとつながりの体験として届いているとは限りません。船が動くのか。港はどちらになるのか。着いてからどのバスに乗ればよいのか。今日開いている飲食店はどこか。三原山へ行ったあと、どこで昼食をとれるのか。困ったとき、どこに相談すればよいのか。事業を始めたいとき、誰に話を聞けばよいのか。

一つひとつの答えは、島のどこかにあります。誰かが知っています。どこかの窓口が受け止めています。ただ、それらが互いに十分につながっていないために、訪れる人にも、暮らす人にも、見つけづらくなっている。島の中にある情報や知恵が、必要な人に必要なタイミングで届ききっていない。

今回の視察を通じて見えてきた本質的な課題は、資源不足ではなく、接続不全なのではないか。船、バス、観光、商工、金融、行政、暮らし。それぞれの現場が持つ情報や経験を、どうすれば点のままにせず、線で、面でつなげられるのか。島の人たちがすでに持っている知恵や関係性を、どうすれば共有知として育てていけるのか。その問いが、今回の視察の中で少しずつ浮かび上がってきました。

技術を入れるのではなく、島の声を仕組みにする

今回の視察には、avatarin株式会社もオンラインで参加しました。avatarinは、ロボットやAIエージェントなどを組み合わせ、人の業務やコミュニケーションを支える技術を展開しているスタートアップです。

オンラインを通じて参加したavatarin株式会社の筒氏

ただし、今回の視察で見えてきたのは、先端技術を持ち込めば島の課題がそのまま解決する、という単純な話ではありませんでした。むしろ大切なのは、技術の前に、まず島の現場にある声や知恵を丁寧に聞くことです。どこに困りごとがあり、どこに情報があり、誰がどのような判断をしているのか。そうした現場の文脈を知らないままでは、どれほど優れた技術であっても、地域に根づく仕組みにはなりません。

そのうえで、外部の技術やスタートアップの知見は、点在する情報や業務の接点をつなぐ手段になり得ます。人を置き換えるのではなく、人が持っている知恵や判断を支えること。必要な情報を、必要な人へ、必要なタイミングで届けること。現場の負担を少しずつ軽くしながら、島で暮らす人や訪れる人の体験を滑らかにしていくこと。

技術の役割は、島の外から答えを持ち込むことではありません。島の声に寄り添い、その声を未来の仕組みへと変えていくための伴走者になることなのだと思います。ここで大切なのは、「便利になること」だけを目的にしないことです。便利さはもちろん必要です。けれど、効率化だけを目指すと、地域の中にある細やかな関係性や、人が人に相談することで生まれる安心感が見えなくなってしまうことがあります。

島に必要なのは、人の営みを置き換える技術ではなく、人の営みを支える技術です。島の人たちが持っている判断や感覚、これまで積み重ねてきた知恵を尊重しながら、それをより多くの人に届く形へ整えていくこと。その視点があってはじめて、技術は地域の中で意味を持ち始めます。

Oshima Living Sandbox という輪郭

二日間の対話の先に、ひとつの考え方の輪郭が見えてきました。プロジェクトの伴走役を担うフィールド・フロー株式会社の渋谷氏が導き出した、「Oshima Living Sandbox」という構想です。

オンラインを通じて参加したフィールド・フロー株式会社の渋谷氏

Sandboxという言葉だけを聞くと、何かを試す場所、実験する場所という印象を持つかもしれません。けれど、ここで目指しているのは、大島を外部企業の実験場にすることではありません。大島で暮らし、働き、事業を営み、訪れる人を迎えている人たちの声を起点に、未来の暮らしや観光や仕事のあり方を、地域と外部の人たちが一緒につくっていく。そのための場として、大島を捉え直す考え方です。

島の人たちが持っている知恵や情報や関係性を、誰かに奪われるのではなく、島の人たち自身のものとして育てていく。船も、店も、観光も、暮らしも、お金のことも、別々のままにせず、訪れる人と暮らす人の双方にとって、ひとつながりの島として感じられるようにする。そして、それを一度きりの取り組みで終わらせず、島の声を聞きながら、共有できる知恵として蓄え、更新し、少しずつ良くしていく。

Oshima Living Sandboxとは、島を「未来の暮らしを試される場所」にするのではなく、「未来の暮らしを共につくる場所」へと進化させていくための構想です。

そこでは、地域メディアの役割も重要になります。

東京都離島区を運営するTIAMは、これまでも島に暮らす人、働く人、訪れる人、島に関わる人たちの声を聞き、記事や写真、映像、イベント、コミュニティを通じて発信してきました。地域の声を聞き、編集し、伝えること。それは単なる広報ではなく、島の中にある暗黙知を、共有できる知識へと変えていく営みでもあります。地域の声を未来の取り組みに活かすということは、単に情報を集めることではありません。人の語り、事業者の本音、来島者の迷い、暮らしの知恵、自然や文化へのまなざしを、丁寧に受け止め、文脈ごと整理していくことです。

その意味で、Oshima Living Sandboxは、技術だけの構想ではありません。対話と編集の視点を含んだ、地域と外部の関係づくりの考え方でもあります。島の声を聞く。島の知恵をつなぐ。島の課題を、外から持ち込まれた解決策に合わせるのではなく、島の文脈から未来の仕組みへと変えていく。今回の視察は、その入口に立つ時間でした。

入り口に立って

6月2日から4日にかけて行われた今回の視察は、終わりではなく、入り口でした。

島を支える人たちは、それぞれの持ち場で、すでに懸命に動いています。行政は暮らしを支え、商工会は事業者に寄り添い、交通事業者は島の移動を支え、観光協会は来島者の体験を編み、金融機関は島の経済に伴走しています。その一つひとつを、どうすればつなぎ直せるのか。島の中にある声や知恵を、どうすれば未来の仕組みに変えていけるのか。そして、その営みに、島の外にいる企業やスタートアップ、大学、研究機関、メディアは、どのように寄り添えるのか。答えはまだ、これからです。

Oshima Living Sandboxも、まだ完成した計画ではありません。かたちになる前の、芽のような構想です。けれど、その芽は確かに、今回の視察の中で生まれはじめていました。島の外から何かを持ち込み、一方的に試すのではなく、島の人たちが持つ声や知恵を起点に、ともにつくっていく。その姿勢こそが、これからの島しょ地域と外部プレイヤーの関係性を考えるうえで、大切な手がかりになるのではないでしょうか。

「試す場所」ではなく、「共につくる場所」へ。
島の声を、未来の仕組みに変えていく。その最初の一歩が、伊豆大島で静かに踏み出されました。

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