新島に、クリエイターが集い、面白がる拠点をつくる
夏の暑さを感じ始めた6月末、東京都離島区編集部は新島を訪れました。港に降り立った瞬間、地面も砂浜も建物も真っ白で「明るい島」だと感じました。そんな明るい新島を歩いていると、道の至る所に新島特産の天然石”コーガ石”を使った個性的な造形が楽しい「モヤイ像」が並んでいるのを目にします。
コーガ石は、世界でも新島とイタリアのリパリ島でしか採掘されていない(諸説あり)とても貴重な石です。軽くて、熱を通しにくく、ノコギリで切れるほどの柔らかさを持っていることから、新島では古くから建材として広く利用されてきました。建物をよく見ると、屋根瓦から窓枠、表札までコーガ石で造られているものも残っており、新島の特徴的なまち並みとなっています。しかし、建築基準法の制定により、コーガ石を全面的に使用することができなくなり、年々コーガ石造りの建物が失われつつあるそうです。
そんな中、今回取材したのは、伝統的なコーガ石造りの建物で始まったシェアハウス『新島スタジオなかにわ』。
渡り鳥が集い、飛び立つ場所になるようにと名付けられたこの場所には、個性豊かなクリエイターが集まっています。シェアハウス『新島スタジオなかにわ』を立ち上げた、青沼宏樹さん、伊藤奨さん、桐島甲宇さんにこれまでの経緯や、今後の展望を伺いました。
新島の心を受け継ぎ、クリエイティブに挑む
『なかにわ』の玄関には、至る所にコーガ石が積み上がっており、今まさに創作活動が行われている雰囲気を感じさせてくれます。
ーまず初めに、皆さんそれぞれの新島との関わりを教えてもらえますか?
青沼さん「僕は新島で生まれ育ち、大学進学のために島を離れました。幼少期から島が好きだったので、いつかは島に戻りたいと思っていたのですが、どのような形で戻るかは決めておらず、新卒で教員になりました。その後、青年海外協力隊や教育に関わる仕事を数年した後、30歳になるタイミングで島に戻ることを決意して、大学で同じ学部にいたいと〜まん(伊藤奨さん)に相談しました。」
伊藤さん「まさかの同じ大学、同じ学部だったから”島キャラ”が被ってたよね(笑)ひろき(青沼宏樹さん)が島でやりたいことが『映像』だと聞いて、少し驚きながらもいいね!と言いました。」
青沼さん「確かにね(笑)自分の中で教育という軸は大切にしつつも、映像という手段を使って、あまり発信されていない新島の魅力を伝えることが自分の武器にもなると思ったので、Uターンを決めました。」
桐島さん「そうだったのか。私は、武蔵野美術大学の彫刻学科で彫刻の勉強をしていて、卒業のタイミングで新島に旅行をしたのが最初の関わりです。道いっぱいに彫刻作品がある場所なんて滅多にないので、本当に楽しくて。コーガ石を彫りたい!と思って、島の人に聞いたらコーガ石をもらえるかもしれないお店を教えてもらいました。そこで出会ったおばあちゃんに想いを伝えたところ、『じゃあ持っていきな!』とコーガ石をいただくことになり、持って帰って石を彫ってみると、ノコギリで切れるのが衝撃で、出来た作品をおばあちゃんに見せたい、コーガ石をまた彫ってみたいとずっと思い続けていました。」
伊藤さん「おばあちゃんの意思を受け継いじゃったんだね。」
桐島さん「はい、そこから数年後のコロナ禍のタイミングで、2人が企画したクリエイターズウィークの情報を見つけました。新島に滞在して制作ができるイベントだったので、自分にぴったりだと思ってすぐ応募したんです。結果的に緊急事態宣言と被ってしまい、開催はできなかったんですけど、2人と繋がれたのでよかったなと思います。」
伊藤さん「すごい熱い応募文章だったよね。いい出会いだったと思います。僕は、さっきもあったようにひろきと学部が同じで、2人とも青年海外協力隊に興味がある時期がありました。境遇も似ているので、ひろきが海外に行くなら、自分は島の当事者になろうと決めました。その後、僕は三宅島で起業をし、ゲストハウスの開業準備をしているときに行われた、日本仕事百科の『しごとをつくる合宿』に参加したことで、なかにわのオーナーである梅田久美さんに出会いました。それが新島と関わることになった最初のきっかけです。」
ー奇跡的な出会いが重なった中、なぜシェアハウス『新島スタジオなかにわ』が始まったのでしょうか?
伊藤さん「ひろきが新島に帰ってくるというのが一番大きかったです。新島で映像クリエイターを始めるというので、その応援として、何ができるかをずっと模索しながら毎月新島に通っていました。最初の企画がクリエイターズウィークだったのですが、その滞在拠点に久美さんが運営する『Hostel NABLA』を使わせてもらう予定でした。結果的には実現しませんでしたが、その後もずっと久美さんにはお世話になっていました。いろんな場所で活動させてもらう中で、やっぱり自分たちの拠点が欲しいよねという話に自然となっていきました。」
青沼さん「僕も映像クリエイターをやる上で事務所が欲しいと思っていたので拠点作りは賛成していました。そして、今のオーナーである久美さんに物件の相談をしました。いくつか見せてもらったのですが、シェアハウスとして活用したこの物件は当時かなり改修が必要な場所だと思いましたね。」
ー物件の状態が厳しい中、なぜここでスタートすることを決めたんでしょうか?
伊藤さん「久美さんと一緒にやれたらいいなという想いからですかね。地元に根付いて想いを持って活動している人が、コーガ石を残したいと思って購入した物件をうまく活用できていないという悩みを持っていたのです。これまでの恩もあったので、やっぱりこの物件を拠点として活用したいなと思いました。」
青沼さん「これまで久美さんにお世話になってきて、新島への想いがお互いに共有できていたからこそ、この物件を活用しようという強い想いに変わっていきましたね。」
伊藤さん「最終的には、久美さん、ひろき、僕、あかねん(桐島さん)4人の想いが交差したので、これはうまく走り始められると思いました。ひろきが新島出身のクリエイターだったということもあり、クリエイターの仲間が新島に増えていくともっと新島が面白くなると思って、クリエイターに特化したシェアハウスを始めることにしました。」
僕らにはプロジェクトが必要だった
新島で暮らす人々のコーガ石に対する意識が低下し、コーが石造りの建物が次第に失われつつあることに悲しさを感じていた久美さんの想いを受け継いで、建物を活かすことを決めた青沼さん、伊藤さんは、コーガ石に対して想いがある、桐島さんを誘い、物件の改修作業を始めます。
ー改修作業で印象的なことや意識していたことはありますか?
青沼さん「それぞれ他に仕事を持っていたので、作業は合間を縫って行いました。なので、完成までにトータル1年ぐらい掛かりましたね。ただ、作業中にお互いの人生や価値観について話せたのがすごく楽しかったですね。」
桐島さん「私にとっては全てが初めての経験で、全ての作業が本当に楽しかったです!どんな作業も新鮮に楽しめたのが良かったですね。」
青沼さん「最初からシェアハウスのビジネスモデルを追求するよりも、プロセスを共にしながら思いついたことを都度やっていくことを意識していました。その積み重ねがあるからこの場所が面白くなるし、島の活性化にも繋がっていくと考えていました。」
伊藤さん「色んなことが生まれる余白を残したいっていう気持ちもありましたね。余白があったから、中高生向けの教育キャンプやマルシェなど、自由に挑戦できました。プロセスが楽しいってことが一番大事ですね。お金をかけて、もっと早く改修を進めることはできたけど、お金では買えないプロセスを僕たちは選びました。」
ー壁に貼ってある『なかにわのあり方』がすごく気になっているのですが、これはどういったものなんですか?
青沼さん「これはクリエイターポリシーとして、『なかにわ』に集まるクリエイターと共有しているものです。せっかくクリエイターが新島で一緒に住みながら活動をするので、同じ価値観を共有しておいた方がいいなと思って作りました。」
桐島さん「全ての言葉の重みがすごいですよね。私にとって新島は初めての土地なので、失敗したらどうしようとか、島に恩返しをしたいとか…いろんな想いが溢れてしまった時に、『失敗しないやつこそが失敗』という言葉を見て気付かされることがたくさんあります。」
伊藤さん「クリエイターポリシーを作っていたからこそ、挑戦したい人が『なかにわ』に集まってくれたし、新しいプロジェクトもちゃんと生まれていますね。」
新島に羽ばたく、『なかにわ』の展望
『新島スタジオなかにわ』の存在によって、活動の幅が広がり、地域からも声をかけられることが増えてきたという3人。プロセスを大切にしてきたことで、予想以上のことを得られていると言います。今後の『なかにわ』はどのように発展していくのでしょうか。
ー色々お話を伺ってきましたが、『新島スタジオなかにわ』としての展望を教えてください。
伊藤さん「進行中のものとしては、『なかにわ』の庭にコーガ石造りの展示スペースを作ることをシェアハウスのメンバーと計画しています。このプロジェクトは、島内で解体された建物から出たコーガ石を使って、自分たちなりにどのような形で活かしていけるか模索することに意義があると思っています。」
青沼さん「将来的には、『なかにわ』に入居するクリエイターのことを知ってもらうための場所や機会を作っていきたいですね。挑戦したい人が、地域に入って行くときのワンクッション置ける場所になればいいなと思います。実際、コーガ石に可能性を見出して建築家としてチャレンジを模索してくれている鐘江大輔くんという新たなメンバーが加わっています。大輔くんやあかねんのようなIターンの挑戦を、Uターンの立場から応援しながらお互い高め合うことができればと考えています。」
ー最後に、新島で”誇り”に思うコトやモノを教えてもらえますか?
桐島さん「やっぱりコーガ石ですかね。コーガ石の個性豊かな色、手触り、全てに温かみがあって、これまで触れてきた石とは全く違う魅力があると思います。私の夢が生涯現役彫刻家なので、おばあちゃんになってもコーガ石を彫りたいなと思います。」
伊藤さん「僕は、新島に想いを持ってチャレンジしているUターンの存在が居ることですかね。地域にとってすごく大切な存在だと思うので、今後も応援し続けたいと思います。」
青沼さん「そうですね、僕は子ども達の笑顔ですかね。これはどこにも負けない自信がありますね。自分も子ども達の笑顔に助けられた部分が沢山あるので、この先もその笑顔を残すために、僕はカメラを使って表現し続けたいなと思います。」
コーガ石造りの建物を残したいというオーナーの想いを継ぎながら、『なかにわ』はクリエイターに特化したシェアハウスとして、新島に新しい風を吹き込んでいます。地域の中で受け継がれ育まれてきた大切な文化の在り方や関わり方を常にアップデートさせながら活動を続けていくことで、新島を拠点に面白がる人を増やし、繋がり、広がっていく。そんな動きが次々に起こってくる新しい拠点として今後も注目していきたいと思います。
新島スタジオなかにわ
住所:〒100-0402 東京都新島村本村1-4-5
e-mail:numafilms2021@gmail.com
URL:numafilms.tokyo/nakaniwa
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